ニールの明日
第百二十二話
『ああ、そうだ。カタロンの基地にはダブルオーライザーで来い、と大将が言ってたな。忘れるとこだった』
「大将とは誰だ! アリー!」
『そいつは俺の口からは言えねぇなぁ』
アリーがちっちっ、と指を振った。
「いずれわかる。じゃ、待ってるぜ」
――通信が切れた。
「アリー! アリー!」
モニターは真っ黒くなって、何も応えてはくれない。
「どうしよう……」
スメラギが困ったように親指を噛んだ。
「どうしようもこうしようもないさ。刹那、ニール、おまえ達は中東へ飛べ。それから――」
イアンは続けた。
「お嬢様にもこのことは伝えた方がいいだろうな」
「わかりました。僕がやります」
「いいだろう。ティエリア」
ティエリアと王留美が何か話し合っている。
「行こう、刹那」
ニールは頭一つ分小柄な刹那の肩を抱いた。刹那は震えている。
「――刹那、怖いのか?」
「いや……」
刹那は首を振った。
「これは……怒りだ。あの男、許さない!」
「…………」
確かにアリー・アル・サーシェスほど、皆に『悪い男』と指さされる男も珍しい。しかも、それが本人にとっては快感だというのだから――。
早くした方がいいかもしれない。
かつて刹那がアリーに惹かれたのと同じく、ニキータもアリーに惹かれないとも限らない。悪の華は一種の魅力でもあるのだ。
(アリー……)
ニールは不思議と、アリーは嫌いではない。命を狙われたこともあったが、あんなに悪いヤツだと、かえって清々しい。
「来い。ニール、刹那」
イアンが呼んでる。行かなくては。
「がんばってニキータちゃんを救出しろよ。美少女は世界の宝なんだからな」
ミハエルが言う。
「じゃあ、あたしも世界の宝ね」
と、ネーナ。
「ネーナは俺の妹だろ。何言ってんだ?」
「ミハ兄……鈍いんだから」
ネーナはぷんとそっぽを向いた。
「じゃ、行って来る」
『そう――そんなことが……』
モニターの向こうで王留美が浮かない顔をする。彼女はティエリアと話していた。
「僕達は人質を助ける方向でいます。許可をお願いします」
『駄目、と言っても、あなた方は聞きませんわね』
「――お願いします」
『どうせ、ニールも刹那も、もう中東に行く心の準備はできているのでしょう? 私の許可が後回しになったわけね』
「……ええ」
『仕方ないわ? そんなあなた方が私は大好きですもの。それに――』
「それに?」
『人質を見殺しにしたら、グレンに怒られるわ』
王留美は力なく笑った。
恋は人を変える。王留美はグレンによって。ティエリアは――アレルヤによって。
『取り敢えずアロウズにコンタクトを取ってみますわ。ニールと刹那にあまり酷いことをしないように。ダブルオーライザーの秘密が漏れても――仕方ありませんわね』
「王留美……」
正直、人質一人にダブルオーライザーを動かす程の価値があるのかとティエリアは疑っていた。だが、王留美の決意も固かった。
『もしかしたら、ダブルオーライザーの秘密がわかれば、世界を変えることもできるかもしれなくてよ。たとえそれがアロウズの功績でも』
「王留美、まさか! あのアロウズと手を組もうなどと思っているんじゃ……」
『――必要があればそうするわ。アロウズのやり方は確かにあくどいけれど――私達も人のことは言えないのではありませんの? それは、確かにカタロンに味方すると私は言いましたが』
ティエリアは沈黙した。確かに王留美の言う通りだ。しかし、アロウズとも手を組む。そこまで考えていたなんて――。ティエリアでさえ、アロウズは殲滅すべき敵だと思っていたのに。
「王留美。貴女はやはり恐ろしいお方だ。あのアロウズとも協力体制を作り上げることも辞さないなんて……。話は聞いたが貴女がCBを辞めるなんて世界の損失だ。グレンと結婚するなんて――彼のような男なんて履いて捨てるほどいるぞ」
『――辞める時はきっちり辞められるように整えておきますわ。今のアロウズとは手を組めないけど、将来、もしかしたら――。だから、交渉してみますわね。平和を作り出すのは戦争ばかりとは限らないと遅まきながらわかりましたから』
そこで王留美は言葉を切った。
『話は変わるけど、ティエリア』
「はい」
『信じてくれないかもしれないけど――私の子供の頃の夢は、可愛いお嫁さんになることだったわ。――他の仕事があるからニキータのことは頼めるかしら?』
「ええ」
その時、沙慈・クロスロードが飛び込んできた。
「ニールさんと刹那の用意ができました」
「声をかけてやりたい。すぐ行く」
「――はい!」
ティエリアの言葉に沙慈は元気よく頷いた。
『では、通信はもう切るわね。無事を祈っているわ』
「はい」
モニター画面から王留美の美しい顔が消えた。
一方、中東の方では――。
ニキータはハッチを開けたコックピットの出入り口に腰をかけて刹那達を待っていた。さぁぁっ、と、風に髪が靡く。まるで燃え立つ炎のようだ。
「――来るかしら」
「来るさ。――少なくとも、クルジスのガキはな」
「ねぇ、アリー」
「んー?」
「私、アリーが好き」
「俺が好きか……俺は悪い男だぞ」
「わかるわ」
「酒も飲むし女も誑し込む。しかも、趣味が殺戮ときた」
アリーは片頬笑みをした。
「そんなあなただからこそ――好きよ」
「ふふん。おまえさんはいい女だねぇ。ちょっと年が若過ぎるけどな」
「愛しているわ、アリー」
ニキータは十六歳の少女だけが持つ真剣さでアリーの瞳を見つめた。若い女とは、何と怖いもの知らずなのであろう。
「ニキータ……俺の正体をしれば、おまえは俺を去って行く」
「でも、今は一緒にいてくれるでしょう?」
「……まぁな」
「刹那もニールも、私には遠かった。あのクラウスでさえ――。こんなに身近に感じたのはあなたが初めてよ。――アリー」
「そりゃ、あんがとな」
今頃ニキータ救出の為にニールと刹那は動いているに違いない。けれど、ニキータがアリーに惚れるとは――。
(ちょっと意外な展開かもしれねぇな。お二人さんよ)
アリーは心の中で呟く。しかしニールはその展開を見抜いていた。アリーは危険だ。魅力があるからこそ恐ろしい。ニールがアリーの恐ろしさを知ったのは、彼もまた、同種の魅力を持っていたからかもしれない。――閑話休題。
「ニキータ、俺は――悪い男だと言ったろう? おまえを殺すかもしれないんだぞ」
「――だったら殺して。アリー」
アリーは軽く笑ってニキータの唇にキスをした。
2015.1.24
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