ニールの明日

第百二十九話

「うっ……!」
 銀髪の娘が登場した時、感じた違和感――見ると、銀髪の娘も頭を抱えている。
「ソーマ……!」
 アンドレイが娘に駆け寄る。ニールも頭が割れるように痛いのを我慢しようとした。見ると、刹那も具合が悪そうだ――そして、刹那が倒れた。
「刹那……うっ!」
 ニールも意識が飛んでしまった。人々の叫び声や心配そうなひそひそ声が遠ざかる――。

 光が――右目を突き刺した。
「…………」
 何だ? ――ニールは目を開けた。
 輪郭がぼやけていたのがはっきりしてくる。それに――
 右目が……見える。あの、Dr.モレノでさえ匙を投げていたニールの右目が――。ニールは自分が眼帯をしていないことに気が付いた。
「気がついたかね?」
 セリ・オールドマンの暖かい声が聞こえた。
「オールドマンさん……」
「おっと……」
 セリ・オールドマンが起き上がろうとするニールを支えた。
「無理はしない方がいい。これを飲みなさい」
「何ですか? これ」
「薬だ」
 ニールは薬を飲んだ。別に変わったことはないけれど――。
「ソーマ・ピーリスくんと会った時、気絶したんだね?」
 ソーマ? そういえば、アンドレイが『ソーマ!』と叫んでいたような――。
「これを飲んだから、ソーマくんに会っても大丈夫だよ」
「せ……刹那は?」
「呼んだか?」
 ニールの前に寝間着の刹那・F・セイエイが立った。ニールも寝間着に着替えさせられている。セリ・オールドマンが言った。
「刹那くんもイノベイターだったんだね。そして、君もだ」
「え――?」
 イノベイター……訊いたことはある。革新者。純粋種。
「俺は――人間じゃなかったのか?!」
「そうだねぇ……目覚めた人類と言ったところか」
「目覚めた人類……」
「進化した人類だよ。私にとっては羨ましいが、私は人類としての自分に満足しているからね」
「そうですか……」
「頭の方は大丈夫かい? じゃあ、彼女を呼ぼうか。薬を飲んだからもう大丈夫だろう。入っていいよ。ソーマくん」
 アンドレイに付き添われ、ソーマ・ピーリスが入ってきた。
「あ……あの……すみません……私のせいで……」
 ソーマは明らかに動揺しているようだった。
「ソーマくんは、超兵だったんだよ。彼女の脳量子波と刹那くんやニールくんが有する脳量子波が共鳴を起こしたんだね。だが、共鳴を起こし過ぎた。――反発を起こして、君達は倒れた」
「そうだったんですか……」
「あの、すみません……」
 ソーマが謝った。
「君のせいではないさ。そうだろ?」
 セリ・オールドマンが言った。ニールが頷いた。
「そうさ。生まれつきのものなら仕方がない」
「――生まれつきのものではないんです」
「何だって?」
「私は――超兵として、脳量子波を埋め込まれたんです」
「そうか――」
 戦争は何と非情な運命をこの娘に課したのだろう。超兵といえば、戦う為の人間兵器だ。
 だが、ニール達はそうではない。なのに、どうしてイノベイターになったのだろう。
「オールドマンさん――ニールさん達は、どうしてイノベイターに?」
 ニールの代わりにアンドレイが質問した。
「私にもよくはわからないが――GN粒子が関わっていると思われる。それは未知の分野だ」
「GN粒子……」
「それが、ニールくんの右目を癒したのだと思われる。ニールくん。君の右目は完治している」
 本当だ。よく見える。今ならば前より正確に狙い撃つことができそうだ。
「ニール。もう眼帯はしなくていいな」
 と、刹那。
「ああ。でも、これではライルと区別がつかなくなるな」
「大丈夫だ。眼帯がなくても、俺はおまえを見分けることができる」
「愛の力ってやつか?」
 ニールが冗談を言った。刹那がにべもなく答えた。
「脳量子波とやらの力だ」
「おまえね――ロマンがないね」
 それを聞いていたソーマがくすくすと笑った。
「それより、何でアンドレイがソーマといるんだ?」
 刹那が尋ねるのへ、アンドレイが答えた。
「ソーマ・ピーリスは僕の妹だ」
「そんなことは聞いたことはなかったが? 脳量子波でもわからなかった」
「――刹那。君は自分のことを全て包み隠さずぺらぺら話すかい?」
「……話さないね」
「そうだろ? 勿論、ソーマが妹であることは秘密でも何でもない。義理の妹だとしてもね。僕もスミルノフ家の男だ。約束は果たす」
「アンドレイ……」
 ソーマが頭を下げた。
「――ありがとう。あなたが兄で、私は嬉しいです」
「おいおい。そんな他人行儀に振る舞うなよ。――僕は、ずっと妹が欲しかったんだ」
「私が――化け物でも?」
「君は化け物じゃない。戦争に関する実験に巻き込まれた、普通の娘だよ」
「おお、アンドレイ――!」
 ソーマの瞳から涙が溢れた。ニールもアンドレイの侠気が好きになった。そういえば、刹那から、『アンドレイ・スミルノフと友達になった』と聞いたことがあったのを思い出した。
(大した友達だよ。刹那。アンドレイ・スミルノフは)
 今はまだ若いが、この先この男は大変な人物になる――そうニールは予感していた。
「ニールくん。君はこれからどうするかね?」
「――帰りたいです」
「でも、帰れないんだろう?」
「それは、まぁ……」
 ニールは口ごもる。
「ニール。帰りたいのは俺も同じだ」
 刹那が言う。
「ただ、リボンズは俺達に手出しはできない」
「何で?」
「この男がいるから」
 刹那がセリ・オールドマンを指差す。
「私は、ここを任されている。所長権限で、君達を守る」
「オールドマンさん……」
「それに、リボンズ・アルマークはイノベイターの肩を持っている。私は彼に口出しをさせない。君達は気の済むまでここにいていい。しかし、ここから出るのも君達の自由だ」
「オールドマンさん。僕とソーマは帰っていいですか?」
「ああ。気をつけて帰っておいで」――アンドレイ達に対して、セリ・オールドマンは微笑んだ。人の心をほっとさせる笑みだった。

2015.4.4

→次へ

目次/HOME