ニールの明日
第百二十一話
「初めまして」
アリーがたちの悪い笑みを浮かべる。
「アンタ、ニキータだったな」
「はい」
ニキータは儚げに笑う。赤毛の似合う大きな目の美少女だ。アリーは思った。
(今でも旨そうだ……食っちまってもいいかもな)
そして、アリーは言った。
「乗れ。――コックピットは窮屈かもしれんが、アンタは細いし軽そうだから大丈夫だろう」
アルケーガンダムのコックピットは一人乗りである。
「膝に乗れ。何もしねぇから」
「――わかったわ」
ニキータはアリーの座席にするりと滑り込んだ。
「――ヤツら、ビビるぜ。きっと」
「ヤツらって?」
「CBのヤツらさ」
「カタロンもCBの仲間よ」
「その通りだ、かわいこちゃん。――だからアンタが必要なんだよ。ま、尤も、アンタが見捨てられる可能性もなきにしもあらずだがな」
「…………」
「さぁ、ゲームの始まりだ」
「大変、大変よ、フェルト」
「どうしたの? クリス」
「カタロンの仲間が――人質に取られたらしいの」
「何ですって?!」
スメラギ・李・ノリエガが気色ばんだ。
「しかも、相手は少女よ」
「ミレイナ、そこのボタン押して」
「はいですぅ」
エマージェンシーコールが鳴る。刹那とニールもスメラギ達の部屋に来る。
「どうした。スメラギ・李・ノリエガ」
刹那が表情を変えずに訊いた。
「ああ、大変よ! 刹那! 少女が人質に取られたの!」
「何だって!」
ニールが眉を顰める。もしかして――
「マリナか?!」
「マリナ姫が?」
刹那とニールが顔を見合わせて同時に言った。
「マリナ姫は――アザディスタンに帰ったはずじゃ……」
と、ニール。
「マリナ姫じゃないわ」
スメラギの言葉に、刹那は明らかにほっとしたようだった。ニールの胸がズキンと痛んだ。
(オレは――マリナ姫に嫉妬しているのか? 刹那に守られ、心配されているマリナ姫が――)
「少女はカタロンの孤児よ。名前は――ニキータ」
「ニキータ?」
ニールは首を傾げた。覚えはない。
「あの、燃えるような赤毛の少女だ。だが、あまり目立たないようにして動いてたから、ニール、おまえには覚えはないかもしれない」
ニールは刹那の物言いに些かムッとした。
「赤毛の少女と言えばわかったよ――何度か見かけたことがあったからな」
「その、ニキータを人質に取ったヤツの名前は」
「それは……」
シュン、とドアが開いた。
「何がありました? ミス・スメラギ」
ティエリアが言った。アレルヤもついてくる。ヨハン・ミハエル・ネーナのトリニティチームも。ライルやイアンも集まって、スメラギは真剣な顔になった。
「――あなた達、よく聞いて。カタロンの孤児の一人が人質に取られたわ」
「ふぅん、そう」
ネーナがあくびをした。
「ほっといてもいんじゃね?」
ミハエルは特に気のなさそうに言う。
「――ニキータは美少女だ」
刹那の台詞に、
「スメラギ、早くニキータを助け出そう!」
と現金なミハエルが途端に掌を返した。
「もう! ミハ兄ったら!」
ネーナが地団駄を踏んだ。
「そんな場合ではないだろ。おまえ達」
ヨハンが窘める。
『よぉ、CBのメンバー達』
「アリー!」
刹那はスメラギをどかせてモニターに張り付いた。赤毛の髭と髪を持つ男は、アリー・アル・サーシェス。ニキータも髪の色が少し似ている。
(アリーか……厄介なヤツが絡んできたな)
ニールは心の中で言った。
『そこにいるのはクルジスのガキか?』
「そうだが。まさかニキータに手を出してはいないだろうな」
刹那の態度に焦りが見える。
『そうだな――それもいいな』
アリーがぺろりと舌なめずりをするのがニールにも見えた。
「おまえっ……!」
刹那がかっとなった。
『安心しな。まだ手は出しちゃいない。いくら俺が手が早くてもな』
「条件は何だ」
アリーが凶悪な笑みを浮かべる。
『クルジスのガキ……おめぇは話が早いから助かる。――ニキータはおまえとニール・ディランディの身柄と交換だ』
「何……っ!」
ニールがモニター前で叫んだ。
「カタロンの基地で待っててやるから来い。尤も、ニキータちゃんより自分の身が可愛いならそれでもいいが――」
(こいつ、何て悪辣卑劣なヤツだ……!)
ニールが胸の奥で毒づいた。
「わかった。――ニールは?」
刹那の問いにニールはふぅっと息を吐く。
おまえだけに任せるわけないだろう。刹那。おまえと俺は一心同体なんだぜ。それに――おまえは俺の命だ。
「俺も行くよ」
「兄さん……」
「そう悲痛な声を出すな。ライル」
ニールはライルの肩に手を置いた。
「おい。不本意ながら行ってやる。いいだろそれで。ニキータを返せ」
『だとよ。ニキータちゃん』
「――ありがとう、刹那、ニール」
ニキータの声が硬かった。
『どうせだから別れのキスでもしようか? ニキータ』
そして、モニター上には見せつけるように口づけをしたアリーとニキータの姿が映った。
2015.1.14
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