ニールの明日

第百二十話

「これは……」
 アリー・アル・サーシェスは息を飲んだ。
「アルケーガンダムだ。これを君に託そう」
 リボンズが淡々と告げた。アリーは自分の掌と拳を合わせた。
「――面白い! こいつを使って世界をあっと言わせてやるぜ!」

 或る日の砂漠地帯――。
「――ん?」
「どうしました? グレン様」
 ダシルが訊く。
「嫌な予感がする」
「そうですか。……グレン様の予感は当たりますからね」
「そうだな」
 確かにグレンの予感はよく当たる。虫の知らせというべきか。――だが、今回は外れて欲しかった。
「――ダシル! カタロンの基地へ連れて行ってくれ! どうも気にかかってならない!」
「わかりました!」
 ダシル、続いてグレンは馬を駆った。

 その数十分後、カタロン支部の基地では――。
「クラウス! 妙なMSが――!」
 モニターに映った機体を見て、シーリンが叫んだ。クラウスが駆けつける。
「シーリン、あれはガンダムだ!」
「あれがですか?!」
「ああ。俺にはわかる。あれは、ガンダムだ」
「こっちに来ます!」
「くそっ、この基地はカムフラージュしてんだぞ。わかってんのか!」
 赤い機体は、まっすぐにカタロンの基地に向かってくる。
「応戦しますか?」
「当然!」
 クラウスは赤いMSに攻撃する。しかし、全部かわされた。
「この――!」
「無駄だ!」
 この機体の操縦者がにぃっと笑った。
『カタロン中東支部の者に告ぐ。貴様らはこのアルケーガンダムの人質になった! ――そして、このアリー・アル・サーシェスのな』
「アリー!」
 基地の中がどよめいた。
「どうした?! クラウス……」
「くっ……!」
 クラウスがダンッと卓を叩いた。
「してやられたようだ……アルケーガンダムとやらに……アリー・アル・サーシェスに」
「クラウス……」
「アリー、話がある」
『――何だ?』
「人質にするのは俺だけでいいだろう。残りは、解放してやってくれ」
『何だと――?』
 モニターの向こうの赤毛の男、アリーは長い髭を撫でた。
「クラウス!」
「いいだろう? シーリン。俺は、おまえや子供達を護らなくてはならないんだ」
「でも……」
「クラウス、シーリン。私が行くわ」
 子供にしては落ち着いた声。しかし、その娘は紛れもなく、まだ子供であった。
「ニキータ!」
 クラウスが大声で呼んだ。ニキータは十六歳。自らの意志でカタロンの基地に残った女の子である。
「大きな声を出さないで。クラウス。あなた達の代わりに私は行くの」
「と言っても……」
『ほう……可愛いお嬢ちゃんじゃないか』
「ニキータには手を出さないで!」
 シーリンが怒鳴った。
『ははっ、その娘がもう少し育っていたらなぁ……まぁ、今でも美味しそうだが』
「おまえ……殺してやる!」
 クラウスが憎々しげに呟いた。
「クラウス、シーリン。私は平気。――慣れてるもの」
「ニキータ……?」
 ニキータはモニターの前に立った。
「アリー・アル・サーシェス。条件は何なの?」
『条件?』
「人質が欲しいくらいなんだから、条件があるんでしょ? 教えて。あなたは何を求めているの?」
『ふん――』
 アリーは鼻を鳴らして――そして言った。
『おまえ、俺のところに来い。――おや?』
 アリーとカタロン基地のモニターにグレンとダシルの姿が映った。
『邪魔者が来たな。どれ、殺してやろうか――』
「殺さないで」
 ニキータが凛とした声で言い、タッチパネルに手をかけた。
「でないと、この基地を爆発させるわよ」
「しかし――」
「クラウスは黙ってて。そうね……子供達には悪いけど、その手があったわね……」
 シーリンが呟く。
『おっと。それは困るな。――よし、わかった。ニキータ、俺のところに来たら、何が条件か教えてやる……うぉっ!』
 ドンッ!
 アルケーガンダムにグレンが手榴弾を投げた。固い岩石をも砕く特別製のものだ。だが――爆発はしてもアルケーガンダムに異常はなさそうだ。アリーが片頬笑みをした。――彼はグレンとダシルに攻撃する。
「貴様ぁぁぁぁぁ!」
 クラウスが吠える。アリーがにやにや笑いをしながら喋った。
『死んでない。死んでないよ。貴様らのお仲間はな――』
 爆煙が晴れる。モニターには、こちらを睨みつけるグレンとダシルの姿があった。アルケーガンダムからの画像である。
「グレン、ダシル……」
 クラウスがほっとしたようだった。アリーが叫んだ。
『おら、ガキども。大人しくしねぇとこのぼろっちぃ基地と共に破壊してやるぜ!』
「私、行ってくる」
 ニキータが基地を後にした。
 異様な物体――アルケーガンダムが小さな少女を見下ろしている。
「あの子は……?」
 と、ダシル。
「グレン」
 女の子はにこっと笑った。
「もう大丈夫だからね」
「あ、ああ……」
 グレンにも見覚えはあるような気はする。名前は確か、ニキータ。孤児の一人である。いつも目立たないようにしていた。
『よぉ、かわいこちゃん。――もっとこっちに寄れ』
 アリーがニキータに命じた。ニキータはアルケーガンダムの手に捉えられた。

2015.1.4

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