ニールの明日
第百七十四話
「――おや?」
「どうした? 刹那」
ニールが訊いた。
「歌が、聴こえる。――マリナの歌が」
その頃、マリナは子供達と一緒に歌っていた。平和に繋がる歌を――。
それはここ遠く離れたトレミーにも伝わってくるようだった。
そういえば――。
ニールの頭の中にも、あの歌が聴こえる。マリナと子供達の歌が。
それは、イノベイターとしての力のおかげなのか――それとも……マリナの想いが伝わって来るのか。
ニールは、マリナに対して好印象を持っていた。刹那を巡ってのライバルになるなら、これ程の強敵はいないと思っていた。
――グラハムのことはすっかり頭の中から消えてしまったニールであった。
「きっと、どこかでマリナ姫が歌っているんだろ?」
「――そうだな。きっと、そうだ」
ニールの言葉に刹那が頷いた。
アロウズ専属の病院に、ニキータは一人で出かけた。診てもらったところ、医師の診断は――。
「もう少し検査が必要ですが、妊娠している可能性が高いです」
と、いうものだった。
アリー……。
私、多分、妊娠しているわ。
ニキータはそこにいないアリーに話しかけた。
「けれども、こんなところで妊娠だなんて――相手は誰です?」
医師は誰かに強姦されたんじゃないかとでも思っているのだろう。心配げに訊いた。
医師の懸念もわかる。ニキータは人質として連れてこられたのだから。ニキータのことを訊いた誰かが、彼女に性行為を強いたんじゃないかと思っているのだろう。
けれどお生憎様。これは合意の上での出来事なのだ。
「――もし妊娠していたら産みますか?」
「産みます」
ニキータは真剣な顔で答えた。
「まぁ、もっと検査しないことには――どこへ行きます?」
「あの人のところへ」
愛しの――アリー・アル・サーシェスのところへ。
再びトレミー。
「ダブルオーの微調整に三時間かかるって。暇だなぁ」
ニールが欠伸をして伸びをする。
「ニール。ちょっといいか?」
「おう。――あ、そうだ。三時間もあるなら一戦はやれるな」
「馬鹿……」
刹那に軽蔑の目で見られた。
「ティエリア、アレルヤもちょっと――」
刹那はニールと同じように暇を持て余している二人に声をかけた。
「何だい? 刹那」
「大事な話でもあるのか?」
ティエリアとアレルヤはニールと刹那が囲んでいたテーブルの椅子に座った。
「大事な話――というか、告白なんだが……ここに生きて帰ってこられるかわからないしな」
「そういうことだったら……」
アレルヤが椅子の位置を直す。
「刹那、縁起でもないことを言うな」
ティエリアが窘めた。
「まぁ、聞いてくれ。――俺がクルジスでアリーの元で戦ったのは知っているな」
「ああ」
ニールが頷いた。
「そこで――綺麗なものを見た」
「綺麗なもの?」
「――ガンダムだ」
ガンダム……そういや刹那はやけにこだわっていたな。俺がガンダムだと言ったりして。ニールは思った。
「味方は全滅だった。けれどもガンダムは――俺を救ってくれた」
なるほど。それなら、ガンダムにこだわるのも納得がいく。
「Oガンダムだ。とても、美しかった。神様だと思った。俺のあの頃の最高の思い出だ。そして――」
刹那は一拍置いて口を開いた。
「そこに搭乗していたのはリボンズ・アルマークだ」
「何だって――? あいつ、ガンダムに乗ってたのか」
「俺も最近まで知らなかった。俺はあの男に命を助けられた」
「ま、待て待て。じゃあ、リボンズは――」
「俺の命の恩人だ。だから、憎もうとしても憎めない」
「その件は僕も知らなかったぞ」
ティエリアが言った。
「そうか――命の恩人と対立することになる訳か。辛いね。刹那」
アレルヤが哀しそうに眉を寄せた。
「あの男が……」
ニールは刹那を助けてくれたことに関しては、リボンズに感謝すべきなのだろうと思った。
刹那がガンダムに一目惚れ(そういう表現がニールのうちではしっくりきた)しなかったら、今の自分達はなかったであろう。
そう思うと複雑だった。
(リボンズとは、妙な因縁で結ばれてるな――)
ニールは、取り敢えず、刹那の心を救ってありがとう、とリボンズに感謝をした。けれど――戦場では敵だ。
「ニール……俺は戦いでは私情を挟むことはしたくない」
「そ……そうか」
刹那も成長した。だが、本当にリボンズとの戦いでは手心は加えないということはできるのか?
「でも、な……お前はガンダムに心惹かれてたんだろう。ずっと――」
だとしたら、リボンズがライバルということになるのだろうか。とんだ伏兵がいたものだ。
「ああ。ガンダムいなければ、俺は心折れてどこかで野垂れ死んでいたかもしれない。俺はずっと、ガンダムになりたかった」
「聞いてるよ」
あの南の島で――。
『俺が、ガンダムだ』
そう言い切ったお前。あそこで惚れ直したんだ。よく覚えている。
「あのOガンダムのパイロットがリボンズだったなんて――あの男は嫌いだ」
「――だな」
ニールは同意した。
「僕も嫌いだな」
と、ティエリア。
「まぁまぁ」
アレルヤがティエリアを宥めに入る。
「初めて話すことだ。本当は俺にはリボンズを殺せるかどうか自分でもわからない。けれど――ガンダムになる為にはあいつの命を奪うことしかないのかもしれない」
「その優しさが命取りだぞ。刹那。アレルヤにも言えることだが」
ティエリアの辛辣な意見に、アレルヤが頭を掻きながらこう言った。
「ハレルヤにも言われるよ。『貴様は甘い』ってな」
「ふん……」
ティエリアは鼻を鳴らした。そして、立ち上がって窓の外を見た。ティエリアはハレルヤに嫉妬しているのかもしれない。尤も、ティエリアに訊いてみないとわからないことだが――。
2016.7.21
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