ニールの明日

第百七十五話

 リボンズ・アルマークが上機嫌なように、リジェネ・レジェッタには映った。
「どうしたんだい? リボンズ」
「ああ、リジェネ」
 リボンズがくるくると紅茶の入ったカップをスプーンで掻き回す。そして、一口、口をつけた。
「――昔のことを思い出してね」
「いいことなんだね?」
「そう――あれは十数年前のことだ」
 リボンズが語り出す。
「クルジスで敵と戦っていた時のことだ。他は皆全滅させたが――僕はあの少年だけは殺さなかった」
「あの少年?」
 リジェネが首を傾げる。
「刹那・F・セイエイのことさ」
「な……!」
 リジェネが絶句した。そして、少ししてから続けた。
「どうしたんだい。リボンズ。君らしくもない。敵を生かして禍根を残すな、とは君の口癖だったじゃないか」
「戦う少年の姿があまりにも健気に見えてね。――あの少年の目は、驚く程澄んでいた」
「…………」
 リジェネはどさっとソファに身を預けた。
「確かにあの刹那とかいう青年の目は澄んでいる」
「だろう? 僕もそう思ったんだ。だから殺せなかった――殺さなかった」
「君もお人好しだね。子供一人殺せないなんて。そんな面があるとは知らなかった」
「殺せなかったんじゃない。殺さなかったんだよ」
 リボンズが瞑想するようにカップを回した。
「まぁいいさ。僕達もそろそろ支度しなきゃ」
 リジェネが手を組み合わせながら言った。
「この紅茶を飲み終ってからね」
 リボンズはティーカップを傾けた。

 その頃、トレミーでは――。
「さてと、皆さんのお見送りしないと」
 アニュー・リターナーが呟いた。
「ライル……」
 皆無事でいて欲しいけど、特にライルに無事でいて欲しい。恋する女のエゴだろうか――と、アニューは少し反省した。
(アニュー……)
 頭の中に声がした。
「えっ……?」
(アニュー・リターナー。私はリヴァイヴ・リバイバル……)
(リヴァイヴ……?)
 アニューは頭の中でした声に心の中で答えた。リヴァイヴの顔が映し出される。
(そうだ……お前と同じ存在だ。アニュー、私と一体となれ)
(そんな……きゃあああああ!)
 アニューは心の中で悲鳴を上げ――そして倒れてしまった。

「……アニュー、アニュー……」
 目を覚ますと、そこは医務室だった。傍にはルイス・ハレヴィが。
「あ……」
「良かった。無事で」
 ルイスのほっとした顔が見える。アニューも柔らかく微笑み返した。
「ライルさん、呼んで来る? あなたの恋人でしょ?」
「いいのよ。あの人は――戦いに備えているだろうから」
「でも……」
「あの人も戦士だから」
 あの人の力になりたい――アニューは心の底からそう願った。ルイスもそうなんだろうか。沙慈の為に生きたいと。
「ルイス、約束よ」
「何?」
「――死なないで。生き抜いて」
「わかったわ。アニュー」
 ルイスはアニューの手を繋いで泣いた。アニューの手はルイスの涙で濡れる。
(けれど、何者なのかしら。リヴァイヴ・リバイバル……)
 どこかで聞いたような名前。でも、どこで聞いたのかは記憶にない。
(私と――同じ顔をしていた)
 尤も、相手は男性のようだったが。
 あの男は何者なのだろう。そして――私は何者なのだろう。
「アニュー、ライルさんと会って。お願い」
 ルイスは強い瞳でアニューを見つめる。
「私も沙慈のところへ行くから」
「……わかったわ」
「ライルさん、呼んで来るわね。少しの間だったら平気だと思うから」
「ルイス……ありがとう」
「――どういたしまして」
 出て行く時にルイスがウィンクをした。多分、あれがルイスの本当の素顔なのだろう。皆は、ルイスは美人だけどもう少し明るければなぁ、と言っていたが。
 しばらくして、医務室のドアが開いた。
「アニュー!」
 ライル・ディランディだ。
「ルイスから話は聞いた。大丈夫か? アニュー」
「大丈夫よ。ライル……あっ」
 今度はアニューの目から涙がこぼれた。
「俺が来たからにはもう平気だろ。ルイス。ほら、涙拭いて」
 ライルは自分のハンカチでアニューの目元を拭いた。ライルの優しさに、アニューは幸せで胸がいっぱいになった。
(ありがとう。ライル。――ルイス)
「あ、笑ったな。アニュー。アニューは笑った顔が一番いいよ」
「あなたもね、ライル」
「そうだな。男も女も笑顔が一番だ」
 ライルがははっと笑った。
 あのことは言うべきだろうか。リヴァイヴのこと――。
 隠し事は良くない、とわかっていながらも、いずれ戦場に赴くはずのライルに心配はかけたくなかった。
「どうした? アニュー」
「あなたが優しいのが……嬉しいだけ」
「ん、俺も――アニューが笑っている顔をもっと見たいだけなんだから。それに、俺は昔はこんな男じゃなかったんだぜ」
「じゃあ、どういう男だったの?」
「一言で言って――ドン・ファン」
「まぁ……」
 アニューはくすくすと笑った。
「我ながら最低な男だったと思うぜ。でも、今はアニュー一筋だ」
「本当に?」
「本当だとも。森羅万象において誓う。俺は生涯、アニュー・リターナーだけを愛すとな。それから――」
 ライルが言いにくそうにもじもじした。
「なあに?」
「アニュー、この戦いが終わったら――俺と結婚してくれ。そりゃ、今は婚約指輪もないけれど」
 ライルの突然のプロポーズに、アニューはリヴァイヴのことも、これからの懸念も一切忘れた。

2016.7.31

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