ニールの明日

第百七十三話

「お目にかかれて嬉しいです。マリナ皇女様。私はCBの当主王留美の代理の紅龍でございます」
「紅龍様……」
 モニター越しのマリナ・イスマイールは、少しやつれた顔をしていた。微笑めばさぞかしすごい美女だろうに――。
 戦争のことが気になっているのだろうか。
 マリナ皇女は有名な反戦派と聞く。いや、反戦派という固い言葉で表せるものではない。彼女は子供達の為に戦争を起こして欲しくないと願っているだけだ。
 平和を願っているだけの、ごく平凡な女性なのだ。
 問題はそのごく平凡な女性がアザディスタンのリーダーであることで――。
「紅龍様。私は今回の戦争はできる限り早く終わって欲しいと思います」
 紅龍は頷いた。
「しかし、私達はもう、戦争へと動いているのです。望むと望まざるとに関わらず」
 CBとカタロンには、アロウズからの返事が返ってきていた。戦をしかけて来たのはカタロン、そしてCBである。宣戦布告を撤回しないなら、我々は受けて立つ、と。
「わかりました。しかし、我がアザディスタンは今回も、いえ、未来永劫、戦争には反対の立場を取るつもりです」
「なるほど。了解しました」
「もしどうしても何らかの立場を表明しないといけないなら、アザディスタンは中立の立場を保ちます」
「なるほど」
 紅龍はわかっていた。マリナ皇女なら、こう返事するだろうことを。
「了解しました。――アザディスタンのことはCBの当主に伝えておきますから安心してください」
「――え?」
 マリナは拍子抜けしたような顔をした。
「何か」
「いえ……まだ、もっと話があるものだと……」
「私も戦争は嫌いです。マリナ皇女様の言う通り、本当は早く終息願いたいものです。中立。それならそれで構いません。ただ、自分の国は自分で護ってください。それとも、戦争を早く終わらせる手だてがおありでしょうか」
「…………」
「私も貴女には期待しているのです。それでは。機会があったらまたお会いしましょう」
 そして、紅龍は通信を切った。

「ふぅ……」
 アザディスタンの王宮では、マリナ・イスマイールが溜息を吐いていた。
 あの紅龍というお方、確かに戦争を歓迎しているようには見えなかったわ――。
「どうしたの? マリナ様ー」
「元気ないのー」
 子供達が言った。
「大丈夫よ、みんな」
 マリナは微笑んだ。
「良かったー」
「マリナ様が元気なのが一番だからね。わたし達には」
 この子達を護りたい。――マリナは切に願った。この国の未来の為にも……。
 ううん。私は、この子達の笑った顔を見たいだけなの。
「皆。お歌を歌いましょう」
「うん!」
 これが――私達のできること。そうだわ!
 マリナはまたCBに連絡を取った。――紅龍はすぐに出た。
「何でしょう。マリナ皇女様」
「紅龍様。皆で歌を作ったの。聞いていただけますでしょうか。お忙しいところ悪いのですが」
「はい――」
「では、行きます。さん、はい」
 マリナと子供達は歌を歌った。平和の大切さを訴える歌――しかし、どこか身近な歌だった。
「どうでしょう」
 紅龍が手を叩いた。
「素晴らしいですね。マリナ皇女様。貴女は皇女より歌姫になるべきだった」
「――私もそう思います」
「歌には大きな力があります。今のは反戦の歌ですね。もっと作ってみたらどうでしょう」
「だって。皆さん、作ってみます?」
「作りたい、作りたい」
「楽しみにしていますよ。皆様方」
 紅龍が柔らかい表情で言った。
「――はい」
「わかった。お兄さん」
「お兄さん、誰だっけ? 見たことある気もするんだけど」
「王紅龍です。――非公式に発表しましたが……王留美の兄です」
「ああ、留美姉さんと一緒にいた人だぁ」
「その通りです」
「留美姉さんに言っておいてね。戦争早く終わらせてねって」
「ええ……」
 紅龍は目元を抑えた。
「どうしたの? 紅龍お兄さん」
「いえ……この子達を護らなければと思いまして」
「紅龍様。その気がおありなら、アザディスタンに来ていただいてもいいんですのよ。――お仕事がおありなら、仕方ないんですけど……」
「必ず行きます。その時は、留美も歓迎してくださいますか?」
「勿論です。王留美様ならこの子達もきっと大歓迎ですわ」
「王留美様来るの?」
「ええ。いい子にしてたら来るわよ」
 子供達を見ているマリナの心が和む。
「王留美様、美人だったよねー。私もあんな風になりたい」
「それにいい匂いするし」
「マリナ様だって綺麗じゃん」
「そんなの当たり前でしょ。マリナ様はお姫様なんだから」
「お姫様だと綺麗になれるのかー。あたしもお姫様に生まれたかったなー」
 マリナはくすっと笑った。
「あ、マリナ様、いいお顔」
「やっぱりマリナ様は笑顔が一番だよねー」
「あなた達が協力してくれたら、もっと笑顔になれるのよ」
 少し取り引きめいているだろうか、とマリナは思いながらそう話した。
「あたし達でできることなら何でもするわ。言って」
「それではね――あなた達は戦争に加わらないこと。そして――新しいお歌を作りましょ」
「はあい」
 子供達は元気な声で返事をした。
 王留美だってシーリンだって、昔はこんな無邪気な子供だったのに、いつから戦いに加担をするようになってしまったのであろう。
 マリナが皆と一緒に歌を歌っていると――。
 ――通信? シーリンから?
「皆、ちょっと待っててくれるかしら?」
「うん!」
 シーリン・バフティヤールからは、『アザディスタンはどうして中立の立場を取ったのか』と責められた。
「シーリン、私は戦争はしたくないの。今だって、カタロンとアロウズが停戦してくれたら、と思っているわ」
「マリナ様! そんな甘いこと言ってる場合では!」
「私達は――夢にすがっていたいの! 例え甘い夢でも」
「……悪意に染まるのは簡単だけど、理想を突き通すのは難しいのよ。それが立派であればある程――。姫様にはそれがわかっているんですか?」
「それでも私達は――世界の歪みから子供達を護りたいの」
「子供達――そうね……子供はまだまっさらだから……私達大人のような間違いは起こさないわね。姫様――子供達を……お願いね……。彼らが戦いをせずに成長するように」
 シーリンがいつもの冷静な彼女になった。シーリンはもう戻れないのかしら、とマリナは思った。シーリンにだって、今すぐ敵に向けた銃を捨てることはできるはず……。

2016.7.11

→次へ

目次/HOME