ニールの明日

第百七十六話

「あ、そうだ――!」
 ライルは何かを思いついたらしく、机からナイフを取り出して髪を切った。
「これは指輪の代わり」
 そして、切り取った茶色の髪をアニューの薬指に巻き付けた。
「まぁ……」
 アニューがうっとりと眺める。
「ライル、ナイフ貸してくれる?」
「うん?」
 ライルはアニューにナイフを渡す。アニューも自分の薄菫色の髪を切り取る。
「指を出して」
「ああ」
 ライルが少し照れくさそうにしながら手を出すと、アニューはその薬指に自分の髪を結びつける。
「即席の婚約指輪だな」
「そうね」
 アニューはくすくす笑った。心配事も数多くあれど、彼らの短い蜜月であった。
(リヴァイヴとか言ったわね――)
 私は、あなたに負けない。例えどんな攻撃をくわえて来ようとも、私自身とライルとの未来は必ず守る。――アニューは心に誓った。

 その頃――。
 床に服が脱ぎ散らかされてあった。ベッドで絡まる二人の男の裸体。
「ニール、ニール……!」
「わかってるよ、刹那」
 ニールは刹那の額に優しく口づけした。
「あっ、あっ……」
「行くぜ! 刹那!」
 ――そして二人は、ほぼ同時に果てた。

「なぁ、刹那」
「何だ? ニール」
「もう一回やらね? ぶべっ!」
 刹那がニールの服を投げたのだ。
「早くそれ着ろ! ――と、その前にシャワーか……」
「俺は浴びなくても構わないぜ。刹那の存在を感じられるから」
「ったく……俺は浴びて来てもいいだろうな」
「まぁな。――可愛かったぜ、刹那」
「ふん」
「これからも――生き延びて、そんで、とことんやろうぜ」
「そんなことしか頭にないのか」
「俺は気持ち良かったんだけどさ……お前はどうなんだ? 刹那」
「……良かった」
「はい?」
「だから、気持ち良かったって言ってるだろう! ――ちょっと腰が痛いがな」
「刹那は若いから充分回復できるだろ」
「……そうだな。それに、イノベイターの治癒能力もあるからな。わかるんだ。力が溢れてくるのが」
「――ふぅん。じゃあ、刹那の腰は大丈夫だな」
「……もうやらないぞ」
「違う違う。思う存分戦えるだろって話だ」
「そうだな」
 刹那がニールに笑いかけた。ニールが言った。
「お前さんの笑顔はいい笑顔だな。データスティックにとっておきたいぐらいだ。――頭の中に留めておくよ」
「ニール……」
 刹那がニールに背を向けた。
「俺が笑えるようになったんだとしたら、お前や仲間達のおかげだ。――ありがとう」
「いやいや。刹那は俺の太陽さ。だから――いつでも笑っててくれ」
「わかった」
 刹那がシャワー室に消えると、ニールは後始末をして服を着た。
 そして、ふーっと息を吐いた。これから、戦いに向かわなければならない。何故なら、そのようなうねりが動いているのだから――。
 ダブルオーライザーがあれば百人力だ。刹那がいれば、千人力だ。
 もしかしたら、これが最後の戦いになるかもしれない。ニールはいつもその覚悟で戦場に向かっていた。でも、今は刹那がいる。
 刹那がいる限り、死にたくはない。
 絶対に、死なない。刹那と自分の命を守る。
「ニール?」
「おう、どうした? 刹那」
「シャワーを浴び終わったんでな。お前ももう着替えたのか」
「ああ――」
 刹那は青系統のパイロットスーツ、ニールは緑系統のそれを着ている。
「ティエリア達も睦み合ってるかな」
「――興味ない」
「アレルヤの心を読んだらわかるかな」
 ニールは、できれば二度とティエリアの心の中は読みたくないと思っていた。
「あまり力を下衆なことに使うな」
「ジョークだっての」
「イアンのところへ行くぞ」
「俺も行く。刹那、一緒に向かおうぜ」
「もとよりそのつもりだった」
 心を読み合うのもいいが、こうやって自分の声で、自分の耳で愛しい人と伝達し合うのもいいものだとニールは思った。

「ティエリア――愛してるよ」
「ああ、僕もだ。アレルヤ。――愛してる」
 ティエリアの前には、アレルヤの優しい笑顔。ティエリアがどんな存在であろうとも包み込む度量を持つアレルヤの男らしくなった顔。
「汗を流してくる」
「待って。僕も」
「シャワールームは狭いぞ。男二人では」
「あれ? 君、男だったの?」
 ティエリアはぺちっとアレルヤの頬を叩いた。
「そういう冗談はよせ。君も見ているだろう」
「うん。さっきもね」
「――君も食えない男だ」
「一緒にシャワー浴びようよ。そんなに嫌なら無理強いはしないけど」
「嫌だなどとは言ってない」
 ティエリアは狼狽した。
「ただ僕は――わかるだろ? つい余計なことを言ってしまうんだ……」
「わかってる。そんな君だから好きになったんだ。君が心にもないこと言っても、僕には何を言いたいかわかるから大丈夫だよ」
「アレルヤ――」
 この男を愛した自分は何と目が高いのだろうと、ティエリアは密かに自画自賛した。
「アレルヤ、今度こそ敵に捕まるなよ」
「うん。それに――そんなことがあったら、今度こそ僕の最期の時だろうし」
「君の冗談は笑えない」
「満更冗談ではないんだけど。――でも、僕はここで死ぬわけにはいかない。ティエリア」
 アレルヤはティエリアをぎゅっと抱き締めた。アレルヤの想いと鼓動がティエリアにも伝わってくる。ティエリアは自分でも知らないうちに涙を流していた。

2016.8.10

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