ニールの明日
第百七十九話
「イアンはどこだ?」
ニールが訊くと、格納庫だ、と刹那が答えた。
「イアン。イアン・ヴァスティ」
刹那が呼ばわると、中年男性が振り向いて、笑みで顔をくしゃくしゃにした。
「おー、刹那にニール。――もうこの世に未練はないか?」
「そりゃあもう。いい想いもいっぱいしたんでね」
そう言うニールを刹那は軽く睨みつけてやる。ニールの体からは甘い蜜の匂いがする。ニール自身にもわかる。
「刹那、ニール」
反対側からはティエリアとアレルヤが。
ライルが来た後――息せき切って沙慈が走って来た。
「遅くなりました。申し訳ありません!」
沙慈がぺこっと頭を下げた。イアンは近付いて、彼の頭を撫でた。
「いいってことよ。――これから点呼を取る」
と、イアン。
「いきなりですかぁ? パイロットと言っても、俺らしかいないのに」
「まぁ、やらせてくれ。これで最後かもしれないんだから」
イアンの言葉に、ニールは皆の顔を見渡した。イアンの言うのもわかる気がした。離れたくはないけれど、自分達は戦争を生業にしている。
けれど、もし、無事に生き延びられたら――。
その時は平和への手伝いをしよう。自分達のせいで荒れた大地を自分達の手で再生させるのだ。その為にGN粒子はある。GN粒子を使いこなせればの話だが。
(GN粒子――高い治癒能力。そして、イノベイター)
自分達はGN粒子を生かす為の戦いをしなければならないのだと、ニールは思った。
ダブルオーライザー。それを手放せなくなる日が来るかもしれない。
ニールは考えに沈んでいた。
「では――点呼を取る」
イアンの声に、ニールは現実に引き戻される。
「アリオスガンダム。パイロット、アレルヤ・ハプティズム」
「はい」
「セラヴィーガンダム。パイロット、ティエリア・アーデ」
「はっ」
「ケルディムガンダム。パイロット、ライル・ディランディ」
「はいはい」
「真面目にやれ。ったく。――ガンダムエクシア。パイロット、沙慈・クロスロード」
「――はい」
「ようし、いい返事だ。ダブルオーライザー。パイロット、ニール・ディランディ」
「はい」
ニールは万感の想いを込めて返事をした。
「同じく、ダブルオーライザー。パイロット、刹那・F・セイエイ」
「はい」
「――以上。今日は付き合ってくれてありがとうな」
イアンが親指で目元を拭った時だった。
「沙慈!」
ルイス・ハレヴィが駆けてきた。
「おう、どうした 、ルイス」
沙慈が何があったか訊く前にイアンが尋ねた。
「私もMSで戦いたい」
「そりゃ無理だ。お嬢さん」
イアンが厳しく窘めた。
「どうしてです! 私もMS乗りだったのですよ!」
ルイスも負けてはいない。胸を張って答えた。
「お前さんは後方支援だ」
「どうして!」
「力仕事は男連中に任せておきな。――それに、お前さんはアロウズから身柄を預からせてもらっているんでな」
「――人質と言う訳ですか」
「そんな身も蓋もねぇ」
イアンは閉口したようだが、否定はしなかった。
「なぁ、沙慈。お前はルイスにはこのトレミーを護って欲しいよな」
「はい。――ルイス。少しの間だから待っていておくれ」
「沙慈……」
沙慈がルイスの額にキスを落とすと、ヘルメットを被った。
「ルイス。男は好いた女の為なら百万馬力も出せるんだぜ。だから、大人しく待ってろ」
イアンが決めた。ルイスは、「はい……」と返事をした。
「必ず帰って来なきゃいけなくなっちまったなぁ。沙慈。帰る理由が出来ちまった」
ニールが心安立てにそう話す。
「うん……」
沙慈が頷いたようだった。
「さ、行こうぜ。刹那」
「わかっている」
刹那とニールは共にダブルオーライザーに乗り込んだ。
「もう! 何て女なの! あいつ!」
「ヒリング――喚かないでくれ」
アロウズでは、ヒリング・ケアに薄菫色の髪の男が注意した。男の名は――リヴァイヴ・リバイバル。
「あの女……ニキータだっけ? あの女、私のガデッサを盗んだのよ! 許せなーい!」
「ニキータ……確かカタロンからの人質だったよな」
「カタロンは今はCBの仲間よ! あいつら、殺してやるんだから!」
ヒリングは部屋のクッションにあたっている。羽毛が飛び散った。
CBか……。
リヴァイヴは薄く笑った。
「何よ。リヴァイヴ。こんな時に笑ってるなんて」
ヒリングが少々鼻白んだように言った。
「いや――『トロイの木馬』を思い浮かべてね」
「ふぅん……」
ヒリングは首を傾げるなり、気を取り直して部屋を出て行った。
「リボンズにもっと新しくて性能のいいMSを造ってもらおうっと」
――その台詞を残して。
リヴァイヴはまた、人知れず笑んだ。
さぁ、踊ってくれよ。私の操り人形――。
その頃、宇宙では――。
ダブルオーライザーが所狭しと活躍をしていた。
「刹那、この辺は雑魚だ。適当に流せ」
『わかっている』
モニターから刹那が答えた。大丈夫かな。ライルの奴も――それから、沙慈も。ニールは心の中で無事を祈った。けれど、ニールは刹那のサポートをするだけ。
(狙い撃ちたいぜ。くそっ)
(すまない、ニール。俺の支援に回ったせいで)
(――いや、これは俺の選んだ道だから)
ニールはモニター上の刹那に向かって笑いかけた。刹那が心なしかほっとしたようだった。
そこに現れたのは――アルケーガンダム! アリー・アル・サーシェスの乗った機である。
『よーお。クルジスのガキ――いや、刹那・F・セイエイ』
そう聞いた途端。刹那の目が金色に光ったような気が、ニールにはした。
2016.9.9
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