ニールの明日
第百八十話
(ニール、あの男――アリーの始末は俺に任せてくれないか)
(わかってる。俺は支えているからな)
(ありがとう)
刹那の「ありがとう」の言葉にニールの頬は熱を持った。
(くれぐれも仕損じるんじゃねぇぞ)
(わかってる)
「来るなら来い、ダブルオーライザーよぉ!」
モニターにアリーの顔が見える。挑発しているのだ。――言われなくとも!
ダブルオーライザーとアルケーガンダムは何度か剣を交えた。
『やるな』
アリーがにやりと嗤う。
『そうでなくちゃ面白くねぇ!』
――そしてまた、剣戟。
アリーが優勢になる。アリーはとどめを刺そうとする。
その時、隙が出来た。
『――何?!』
ダブルオーライザーはこの時を待っていた!
間合いを詰めてアルケーガンダムの急所に迫る。
――その時だった。
ドカッ!
アルケーガンダムを優美な形のMSが突き飛ばした。――それは、ニールは知らなかったが、ヒリングのガデッサであった。
「しまっ……!」
ダブルオーライザーのGNソードはアリーを庇った機を貫いた。パイロットの肉を貫く感触がニールに伝わった気がした。
「ニキータ……」
刹那は呆然としている。
『ヒリング……?』
アリーが目を瞠る。ニールも同様だった。
「違う。あれは……ニキータだ……」
刹那が譫言のように言う。
『ニキータだと?! おい、そこにいるのは本当にニキータなのか?!』
アリーも狼狽しているようだった。
モニターに映像が映った。
『アリー……』
ニキータの口の端に血が滲んでいる。さっきの攻撃でやられたのだろう。
『良かった。あなたに会えて――アリー……私の……お父さん……』
そして、ニキータは瞼を閉じた。
「死んだ……」
刹那は未だショックから覚めやらぬようだった。
『に……ニキータ……』
アリーの震える唇から、恋人で娘だった女性の名が洩れる。
――ニキータぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
アリーの慟哭が聴こえる。ということは――この男もまた娘を愛していたということか。
バランスを失ったMSをアリーは強く抱きすくめる。強く、強く――。
ダダダダダダ!
アリーの機は後ろから蜂の巣にされた。
『何やってんだよ! 兄さん! 刹那!』
新たに飛び込んで来た映像はライルの物だった。
「ライル――済まない」
『謝ってる場合じゃないだろ? 兄さん! 今は戦いの途中だ!』
そうだ。今は戦いなのだ。ここは戦場なのだ。
「アリー!」
刹那がモニター越しにアリーに呼びかける。
『ふふ、死なばもろとも――だ』
それがアリーの最期の言葉だった。アルケーガンダムがガデッサと共に爆発する。破片が宙に舞う。――ダブルオーライザーとケルディムガンダムは離れたところへ避難していた。
「終わった……」
刹那はまた呟く。
『何言ってんだよ。戦はまだこれからだろ?』
「刹那にとっての戦いがこれでひとつ終焉を迎えたということだよ」
刹那の想いがニールの中に流れ込んでくる。ナイフ術を教え込んでいる刹那――いや、ソランに教え込んでいるアリー。気まぐれに少年の頭を撫でてやっているアリー。
そして――ソランと閨を共にしたアリー……。
(あまり見るな。ニール)
(俺はお前の全てを知りたい。例え、お前に都合の悪いことでもだ。それに――アリーに従っていたのは、刹那・F・セイエイじゃない。ソラン・イブラヒムだ)
(なるほど――では、アリーに関する記憶を全部消そう……)
そんなことはできない。ニールにだってそれはわかっている。けれど、ニールは勝ったのだ。刹那はニールのものだ。
刹那――もう離さない。
『――B地点で落ち合おう。兄さん』
ライルは覇気のない声でそう言うと、飛び去って行った。しばらくそっとしておいてくれるつもりらしい。
ライルは悪くない。今は戦争なのだ。ライルの行動は妥当と言って良かっただろう。
しかし、ニールの涙は止まらなかった。
ああ……。ここは……。
そうか。ここは、宇宙だった……。
生前アリー・アル・サーシェスと言う名前だった意識が目覚める。
俺は、ここで宇宙を漂流するのだろうか――。
それも悪くない、とアリーは思った。
あの時、気付けば良かった。いや、それとなく気付いていたが目を逸らしていた自分が悪いのか――。
自分がリボンズの狗になり下がっていたこと。
増えていった酒量。おもわしくなくなっていった健康。
ここで滅びるなら、悪くない――。
(アリー……)
ああ、ニキータ……。
(ニキータ)
アリーが呼びかける。
(お前も死んだんだな。どうだ。二人で地獄へ行かないか?)
(ううん、三人よ)
(何――?!)
(私、妊娠したの! お腹の赤ちゃんも死んじゃったけど――)
(そうか。俺もとうとうじいさんか)
(お父さんでもあるけどね)
アリーの目の前に、緑色の景色が広がった。
小奇麗な家。舗装された煉瓦道。どこまでも広がる青い空。散らばった白い雲。
「これは――」
アリーは泣いていた。自分には砂漠がお似合いと思っていたのに。
でも、こんな家にもずっと憧れていた。ここが地獄なのだとしたら、神も粋な計らいをしてくれる。
ニキータが立っていた。
「行きましょう? アリー。それとも、まだここにいる?」
「ああ」
ニキータはアリーの手を取った。そして二人――いや、ニキータのお腹の子を含めれば三人だ――は、ようやくたどり着いた自分達の楽園の美しい風景を眺めていた。
2016.9.19
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