ニールの明日

第百七十一話

「電波の調子が悪かったんだが、ニールの右目が治ったのはわかった……どうしてだ?」
『何でだと思うかい?』
 ニールが片頬笑みをする。クラウス・グラードが笑った。
「お前……そういうところジーン1に似てるな。ニール・ディランディ」
『お褒めにあずかりありがとよ』
『何か腑に落ちないな……』
 ニールと、ジーン1ことライル・ディランディが言う。
「――で? 何故右目が見えるようになった? ニール」
『いいのか? 兄さん、言ってしまって』
『ああ。俺から話す。――俺、イノベイターになったようなんだ』
「えっ……!」
 マックス・ウェインが言葉に詰まったらしい。ニールが胡乱げな視線をモニター越しのマックスに遣った。
『人間ではない。そう言いたいのか? マックス』
 マックスはニールの台詞に我に返ったらしい。
「あ、ああ……しかし、君が私の大切な友であることには変わりはない」
『いいんだぜ。本当は不気味がっていること喋っても』
「?!」
『俺にはな――ほんの僅かの表情の動きで相手が俺をどう思っているか大体わかるんだよ。わざわざ心を読まなくてもな』
「ニール――!」
 つい大声を張り上げそうになったクラウスをマックスが制する。
「即ち、私が君について警戒心と――それからほんの少し敵意を持っているのがわかっているんだね」
『そこまでざっくばらんに言わなくとも――』
 ニールは少々鼻白んだようだった。
『――まぁ、マックスの言う通りだ』
 ニールは照れ隠しにこほんと咳ばらいをした。ライルがこちらを向く。
『兄さん……』
『確かにいい気持ちはしないが、それでもアンタのさっきのセリフは嬉しかったな。マックス――でも、俺らの間で隠し事はしないで欲しい』
「そうだな。――君達は私の……恩人の一人だからな」
『兄さん、化け物呼ばわりされて悔しくはないのか?』
 ライルが言う。
『ライル……イノベイターは化け物じゃない。進化した人類だ』
『…………』
『俺の場合はGN粒子がきっかけだって、ビリーが言ってたな――刹那、きっとお前もだ』
『ああ』
 画面の向こうの刹那が頷く。
『俺達は化け物じゃねぇ。ただ少し、変化が起きるのが早かっただけだ』
『――そうだな』
「これからは君達みたいな人類が増えるということだな」
 マックスが言った。
『ああ。そしてそれは、マックス、君の身にも起こるかもしれない』
「――そうだな。さっきはおためごかしを言って悪かった」
 ニールの映像が乱れた。けれども、マックスの心は充分通じたに違いない。ニールの口角が上がっているような気がした。マックスが続けた。
「――私は君達が羨ましかったのかもしれない。人間の弱さを知っているからな」
『イノベイターだって万能じゃないさ。見たくないもんまで見えてしまう』
「なかなか大変なんだな」
『けど、俺は楽天家なモンでね。刹那と一緒に楽しんでいるよ』
『ニール、それ以上は言うな』
 刹那の頬がほんの少し赤くなっているように見える。相変わらず仲は良さそうだ。けれども、和んでいる暇はない。
「王留美との約束は取り付けた。協力してくれるな? ジーン1」
『俺は最初からそのつもりだぜ』
『俺は――ちょっと複雑だな』
『何だよ、兄さん。リボンズの肩を持つ気か?』
『そう言う訳ではないが……』
 モニターの向こうで交わされるやり取り。シーリンがクラウスの傍に来た。
「どうしたの? クラウス」
「シーリン、兄弟喧嘩があっちで起こったよ」
「――どなたですの?」
「ニールとジーン1だ」
「ニールさんについてはよく知らないけれど、ジーン1には子供っぽいところがありましたからねぇ……」
『ちょっとシーリンさん! 俺がガキだって?! 大人である証拠を見せてやろうか?』
「ジーン1。そんなことをしたら俺がお前を撃ち殺す」
『何だよぉ。狙い撃つのは俺達ディランディ兄弟の十八番だぜ。なぁ、兄さん』
『――ああ、狙い撃つのは俺の方が上手いがな』
 クラウスは笑いを堪えるのに必死だった。シーリンが、仕様がないわねぇと言いたげな顔をする。
『何必死になってんだよ、兄さん。こちとら、早く兄さんに追いつきたくて必死なんだぜ――俺の面倒が兄さんが見てくれたから……今度は俺が恩返しする番なんだ』
 ジーン1のヤツ、本気なんだな。――クラウスの笑いがぴたりと止んだ。それは、いつかクラウスもライルに言いたいことだ。この戦争が終わったら、ライルを解放しようと思う。ニールはこんなにいい兄なのだ。きっとライルと分かり合えるだろう。
『ライル……その心だけで充分有り難いよ。お前ができる最大の恩返しは、お前が幸せになることだ』
『兄さん……』
『それに、幸せにしてくれる女性もいるだろうが……』
『だな』
 ライルが肩を竦めた。
 ジーン1にも恋人ができたのか……。クラウスは花婿の父のような気分になった。相手は誰であろう。ライルは面食いだからな。きっと美人の素敵な女性に違いない。
 ライルを、幸せにしてやってくれよ……。クラウスはまだ見ぬジーン1の恋人に向かってそう願った。
『俺には刹那がついてるからな』
『結局惚気か。兄さん』
 ライルがニールを肘で突く。
「ふむ。確かにニールはライルとそっくりだ。入れ替わってもわからないな」
『そんなことないだろ、クラウス。ちょっと喋り方が違うだろ? ほら』
 そう言われても、クラウスは首を傾げるだけ。もう少しこの双子のことをわかれば肯定もできようが……。
『ライル、俺にはわかるぞ』
 刹那が言った。
『刹那だけにわかられても、喜ぶのは兄さんだけだろ?』
『アニューにもわかるはずだ』
『え? あは、そうかな……』
 ライルは照れているようだ。
「ジーン1、アニューと言うのはもしかして……」
『そう、俺の彼女だ』
「どんな顔か見てみたいな」
『だとさ。アニュー、映像そっちに回していいか?』
『いいわよ』
 柔らかいソプラノの声と共に、薄菫色の髪の美女の画像が映った。――途端に、画面がクリアーになった。
「おお! 極上の美女じゃないか! やったな! ジーン1!」
『――ありがとうございます。アニュー・リターナーです。これから仲間として、宜しくお願いします』
 アニューは丁寧にお辞儀をした。クラウスは密かに、
(でも、俺にはシーリンの方がいいな)
 などと考えていた。シーリン・バフティヤールはスタイル抜群のいい女で、その上、クラウスの同志なのだから――。いざという時は二人で銃を持って戦える。
 クラウスとシーリンは肌を重ねたこともある。シーリンは床上手であった。好みのタイプがライルと被らなかったのはいいことだったのだろう。
「ダブルオーライザーは戻って来たみたいだな。王留美と一緒に」
『ああ、これで存分に戦える』
 刹那とニールが顔を見合わせ首を縦に振った。了解の合図だ。

2016.6.20

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