ニールの明日

第百七十八話

 早く、あの人の元に行かなければ――。
 ニキータは走っていた。
「おや、あなたは?」
 整備員が彼女に声をかける。
「手伝いの者です。格納庫、開けてくださりませんか?」
「おやおや。最近はこんな若くて可愛い娘がMSの整備をする時代になったのですね」
 疑われてる?! ニキータは一瞬パニックに陥りそうになったが――
「さあ、どうぞ」
 整備員のおじさんが快く開けてくれたので、ニキータは格納庫に入ることができた。
 待ってて、アリー。
 ニキータは父親であり恋人でもある男に心の中で語り掛けた。

 トレミーの沙慈・クロスロードの部屋の前では、ルイス・ハレヴィは拳をぎゅっと握って――それから開いて。沙慈を呼ぼうとした。そこで、突然扉が開いた。
「きゃっ!」
「ルイス――」
 沙慈も少なからずびっくりしているようだった。
「沙慈、あのね、話があって来たの」
「うん。――ダブルオーライザーの微調整の他に、僕らの機体も診てくれるって言う話だったから、まだ時間があるんだ。部屋に入らない」
「え、ええ――」
 と言いながら、ルイスは動けずにいた。
「心配いらないよ。僕はライルさん程手は早くないから」
 沙慈は冗談を言ったらしかった。けれど、微妙な空気が流れた。
「えっと……入る?」
「――……うん」
 沙慈の部屋の扉が閉まった。棚の上の写真には沙慈と沙慈の姉、絹江が写っていた。
「お姉さん、調子はどう?」
「……まぁ、生きてはいるね」
 再び微妙な沈黙が降りた。話題を変えなきゃ、とルイスは話の接ぎ穂を探した。
「あのね、沙慈。沙慈に会えて本当に嬉しかった」
「――僕もだよ」
「ここでも友達が出来たの。アニューさんとフェルトよ」
「トレミーの人達は皆いい人達ばかりだからね。これで戦いがなければ――」
 沙慈の言っていることは、ルイスにも伝わったような気がした。
 本当に、戦争がなければ――けれど、戦争のおかげで、ルイスはアニューやミレイナと出会えたのだ。後は、アロウズがカタロンと停戦してくれるといいのだけれど――。
「沙慈はまたガンダムエクシアに乗るのよね」
「そうだね。多分そうなると思う」
「ベッド、座っていい?」
「いいよ」
 沙慈はかっこよくなったと思う。以前より精悍になった沙慈の顔。
「沙慈……変わったね」
「そ、そうかな……」
 けれど、自分も変わったと思う。もう、『チューして』と無邪気に沙慈にねだることはできない。でも――。
「私ね、沙慈にずっと伝えたかったことがあるの」
「何だい?」
「私……一日も沙慈を忘れたことなかった。あのアロウズでも……」
 そこで――。沙慈がルイスにキスをした。
「沙慈……」
「――ごめん。僕もライルさんのこと言えないや」
「ううん。キスなら前にもしたじゃない……しかも、沙慈の方から」
 でも、嬉しかった。
 沙慈のことを正直憎んだ時もあった。けれど、やっぱり私は――。私は、沙慈・クロスロードを愛してる。
 例え、ガンダムのパイロットであったとしても――。
 沙慈の存在が私を助けてくれた。
「沙慈……大好き。今も――昔よりもっと。あなたの優しさが、好き」
 ルイスは沙慈に肩を預けた。
「おいおい……僕だって、男なんだよ」
「うん。逞しくなったよね」
「……どうしたらいいかわからなくなるよ……」
 けれど、今度の空気は微妙なものではなく、穏やかなものだった。
「指輪、ありがとう」
「いいんだよ。君が欲しがってたからね」
「私……あの頃の私は我儘だったよね。沙慈が隣にいるのが当たり前に思えて――絹江さんも元気だったし……」
「うん……でも、君の悪気ない我儘さ、大好きだったよ。それで僕は救われたんだ」
「本当?」
「うん。僕はさ、昔の君も、今の君も大好きだよ」
「嬉しい……ねぇ、この戦争が終わったら、一緒に――住んでくれる?」
「結婚しようってこと?」
「私の口から言わせないでよ……」
「わかった。その時になったら、改めてプロポーズするから」
 ルイスはくすっと笑った。
「それがプロポーズみたいなもんじゃない」
「え……そ、そうかな……」
「婚約指輪ももらったし」
「ええっ?! そういうことになるの?!」
「何よ、狼狽えて――私の他に好きな人でもいるの? まぁ、トレミーにはいい女がいっぱいいるもんね。フェルトとか、スメラギさんとか」
「そんな……今までの話、ちゃんと聞いてたのかい? 君は」
「嘘よ」
 ルイスがまた笑う。こんな馬鹿話できる時間が嬉しかった。ルイスは沙慈の傍を離れ、立ち上がる。そして振り返って言った。
「絶対――無事で帰って来てね」
「勿論だよ」
「ところで訊きたいことがあるんだけど――今回も沙慈は結局戦うんでしょ? 何故戦うことに決めたの?」
「何故――か」
 沙慈は沈思黙考しているようだ。ルイスは答えを待っている。あんなに戦争を嫌っていた沙慈なのに――。
 確かに沙慈は自分で答えを出した。けれど、彼の肉声で彼自身の答えを聞きたかった。
「僕は――やっぱり最終的には自分の為に戦っているんだ。成り行きでそうなったと言うところもあるけれど……僕は彼らが、ガンダムマイスターが好きだ」
 ルイスはこくんと頷いた。
「僕は、守る為に戦う。いろんな大事なものを。愛した人々や、この美しい世界を。そして、両親から受け継いだこの命を。――君と同じだよ。ルイス。君が、守る為の戦いをすると言ったから、僕もそうしようと決めたんだ」
「私の意見が沙慈の決意を固めたのなら嬉しいわ。――戦いにも、様々な意味があるのよ。私も守る為の戦いをする。それで世界を変革できるのなら。アロウズにも友達がいるから少々複雑だけど」
「友達?」
「うん。妬かないでね。ただの友達だから――アンドレイ・スミルノフって言うの」
「ああ――」
 沙慈の瞳がほんの少し揺らいだような気がした。
「アンドレイ・スミルノフ――刹那も彼は友達だと言っていた」
「そう……刹那にとっても辛い戦いになりそうね」
「でも、刹那はアロウズと袂を分かったんだ。だから、アンドレイのことも、今はどうなのかわからない」
「それから、アロウズにはカティ・マネキン大佐もいるわ――話したことは殆どないんだけど、憧れの女性よ」
 美貌と知略を兼ね備えた女戦士。それでも女性らしさや優しさ、熱いハートも持っている。ルイスは、マネキン大佐の心を知っている。
 彼女は一番いい方法を探し、それに従って動いてくれたのだ、とルイスは思った。
 今のアロウズは迷走している。CBも巻き込まれたが、それでも、沙慈に再会することができたのは大佐のおかげもあるのだろう。
 きっと、大佐はCBに自分を託してくれたのだ。彼女が決断を降した時の気持ちが、ルイスには手に取るようにわかる気がした。ルイスが多少は脳量子波を捉えることができるからかもしれないが。

2016.8.30

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