ニールの明日

第百九十一話

「おーい、ニール。それ使い終わったなら渡してくれるかー?」
「あいよ」
 ニール・ディランディがイアン・ヴァスティに向けて工具を抛る。ふわ~んと浮いたそれをイアンが受け取った。
「ナイスキャッチ!」
 ニールがウィンクをする。
「それにしてもなぁ……帰って早々おやっさんの手伝いだなんて――本当だったらお前といちゃいちゃパラダイス出来るはずだったのにな」
「ニール……手を動かせ」
「なぁ、沙慈は無事かな」
 無事だ――と刹那・F・セイエイから脳量子波で返事が来た。良かった、とニールは胸を撫で下ろす。
「兄さん……俺もいるんだからそう気を落とすなって。俺だってアニューと仲良くしたいさ」
 この、ライル・ディランディの『仲良く』にはいろいろなニュアンスが含まれている。
 ニールとライルは双子同士だが、似ているようで似ていない。似ていないようで似ている。
「俺だってなぁ、こんな仕事早く終わらせたいぜ。くそっ」
「その割には生き生きしてるじゃねぇか。おやっさん」
「まぁな」
 ニールの言葉にイアンが嬉しそうに答える。イアンは機械を弄らせると元気になるのだ。アレルヤは言葉少なに作業を続けている。
 沙慈・クロスロードはラグランジュ3の位置を知らない。今、ラッセ・アイオンが誘導しているところだ。
(沙慈が無事で良かった――)
 ニールが戦友の生存を喜ぶ。
(トリニティ兄弟も無事だぞ)
(あいつらかぁ――)
 刹那の言葉にニールが閉口した。
(どうした?)
(いや、ヨハンはいいんだけど、他の二人がなぁ――)
(何か問題でもあるのか?)
(あるだろ! 刹那! お前、ネーナにキスされてただろうが!)
(あんなのは挨拶のうちにも入らない。俺はもっと深い関係をお前と結んでいる)
(そっか――そうだったな)
 ニールは自分の顔の筋肉が緩むのがわかる。
「何ニヤついてんだよ。兄さん。ほら、アレルヤのようにストイックに――」
「ティエリア……」
 アレルヤが彼の愛しの君の名前を呟きながら溜息を吐いた。
「――あんまりストイックでもないな……」
 ライルも呆れているようであった。ライルも人のことは言えないだろうとニールは思うが。
 セルゲイ・スミルノフも手伝っている。
「セルゲイさん、手を貸してもらって悪いね」
 イアンが大きな声で言う。
「いえいえ。悪いのは私達ですし、それに――CBの皆さんと少しでも早く打ち解けたいんですよ」
「本当にねぇ。こんな戦争早く終わればいいのに」
「全くです」
「でも、そうなったらアンタは仕事がなくなるでしょう」
「いいんです。軍人なんて――暇に越したことはありませんよ」
「そうだな。アンタは軍人辞めても何かしら仕事を見つけるだろうよ。――今のように」
「どうも」
「セルゲイさん、すっかりおやっさんと意気投合したな」
 それがニールには嬉しかった。
「ああ――俺達もアロウズと和解できるといいけどな」
 刹那がぽつりと言う。
「さてと――こっちは大体終わった。ちょっと道具取ってくるわ」
 イアンはそう呟いてこの場を後にした。
(刹那――ベルベット、可愛かったな)
(そうだな)
 ニールの脳量子波での語り掛けに刹那は素っ気なく答える。集中したいのだろう。
(いつか俺達もあんな子が欲しいな)
(平行世界とやらのどこかにいるんじゃないか?)
(そうじゃなくてさ――この世界の刹那に産んで欲しいのさ)
(…………)
(あ、でも、産むとなると母体に負担がかかるか。刹那には痛い思いはさせたくないもんな)
(いや、俺も、ニールの子供、産めたなら産みたいと思っていたところだ)
(嬉しいぜ。その言葉)
 ニールはこっそりにやついた。
(にやにやするな。さっさとやれ)
(へいへい)
 アレルヤもベルベットに会った時、すごく嬉しかっただろう。羨ましい。――ニールは思った。
 ティエリアも変わった。アレルヤの愛を素直に受け取るようになった気がする。
 全く、あてつけられるぜ。
 ニールは自分の茶色の巻き毛をぐしゃぐしゃにした。刹那が言った。今度は脳量子波ではなく。
「髪が乱れるぞ」
「いいんだ――刹那が梳かしてくれるだろ?」
「――馬鹿」
 けれど、そう嫌ではなさそうだった。
「俺が刹那の髪を梳かしてやってもいいんだけどな」
「別に梳かしても梳かさなくてもおんなじだ」
「つれねぇな、刹那」
「おい、兄さんに刹那! 何ラブラブトークしてんだ。おやっさんにチクってやろうか?」
「普通の会話だよな。刹那」
「――うん」
 一拍の間があいた。刹那には自覚があるのだろう。
「あー、早くアニューに会いてぇぜ」
 溜息まじりにライルがわざと大声で言う。ライルの気持ちはニールにもわかる。今、ニールは刹那と一緒の空間にいるが、それだけでは足りないのだ。
(ニール、我慢しろ)
 と、刹那。
(だって、なぁ……)
(俺も早くこんな仕事は終わらせたい)
(ラグランジュ3ではたっぷり可愛がってやるからな。刹那)
(――ふん)
 刹那の横顔が赤くなったと思ったのは気のせいか。
 ニールは真剣になった。目の前の仕事に集中する。セルゲイのように。
 ――おかげで、トレミーの応急処置は早く終わりそうだった。けれども、やはりラグランジュ3に行かないと完全に復旧はできない。
「ふうっ」
 ニールは袖口で額の汗を拭いた。
「こんなもんかな」
「よくやったな、ニール」
「あたぼうよ」
 刹那が褒めてくれるのがニールには嬉しい。イアンが告げる。
「もう少しだぞ。もう少しで休憩だからな」
「何分?」
「休憩は二時間だ。お前らの言ういいこともやれるぞ。どうせもうここで出来ることは残り少ないしな」
 おー、話がわかるな、おやっさん。ニールは妄想に浸りかける自分を叱咤した。こういう油断が起きた時に事故が起こりやすい。
 それを知っているニールは伊達にガンダムマイスターになった訳ではなかった。勿論、イアンは自分達を励ますつもりでああ言ったのだろうが。

2017.1.7

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