ニールの明日

第百九十話

「かあさまはりひちゃまとおはなしできないの?」
 さぞ、リヒターとテレパシーで話し合えるのが当然と言うかのように、ベルベットが疑問を呈す。
「いや――僕もリヒターと今、話出来たよ」
「やっぱり? さすがかあさま! あのね、いまそばにいないひととおしゃべりできるっていうと、みんなびっくりするの。たんまつももってないのにって」
「それは――あんまり人前で言わない方がいいんじゃないかな」
 ティエリアが注意する。
「これからはベルちゃんみたいな子が増えるかもしれないけれどね」
 ソーマ・ピーリスが言う。
「ほんと? ベル、変じゃない?」
「変じゃないわよ。これからはそれが――当たり前のことになってくるかもしれないんだから」
「そーまおねえちゃまとあたまではなしできる?」
「試してみる?」
「うん!」
「でも、今は王留美のところへ行かないとね。約束したから」
「ちょっとだけなら構わんぞ」
 ティエリアからも許しをもらった。
「でも、王留美を待たせちゃ……」
「王留美なら大丈夫だ。どうせ彼女も今はそう無理できない体だろう」
 王留美が殺されかけたことをさっき彼女自身から聞いたばかりだ。何か変事が起こったことは何となくわかってはいたが。しかし、ベルベットが彼女を助けた。
 ――平行世界の僕らの娘は大した存在かもしれないな。ティエリアは心の中で独り言を言った。
「じゃあ、ちょっと心の中で――」
 ソーマがベルベットに向かって内緒のポーズをした。――しばらくすると、ベルベットがにこにこと微笑んだ。
「何を言ったんだい? ソーマ」
 気になったティエリアが無駄とは思いつつ質問する。
「内緒よ。ね、ベルちゃん」
「ないしょなのー」
 ベルベットまで――ティエリアは苦笑した。
「ま、ベルベットも自分一人の秘密が出来て良かったな」
 ティエリアが自分と同じ色の髪の娘の頭を撫でる。ベルベットはきゃふふと笑った。
 秘密を持つのはいいことだ――それだけ自分の世界が広がるから。
 けれど、今までいた世界のアレルヤと自分はベルベットの心配をしているのではないだろうか。自分だって、もうこんなにベルベットに夢中になっている。実の両親なら尚更だろう。
(実の両親――か)
 ティエリアは自分の親はヴェーダだとずっと思っていた。自分の出自には何ら興味がなかった。
 けれども今――。
 ティエリアは自分が何の為に生まれたのか気になる。
 この世界を平和に導く為? けれど、今自分達がしているのは戦争だ。
 戦争は嫌だとベルベットは言った。
 戦争は愚かだ――ティエリアもさっきそう言ったではないか。自分の台詞を反芻してみて愕然とした。
(戦争が愚かだって? 戦争の為に造られたのは僕らではなかったか)
 それに――アレルヤも戦の為に造られた存在だ。ソーマ・ピーリスも。彼らは超兵なのだから。
(全く。ニール・ディランディめ。僕は君に作り替えられたよ)
 しかし、ティエリアの心には爽快感しかなかった。
 愛は全てを変える。けれど、ニールに感じたのは恋愛ではなかった。人間の心を知ったティエリアは――アレルヤに恋をした。
 そして、今はアレルヤの子供を産みたいとまで思っている。
 けれど、いいではないか。自分にはベルベット・アーデがいる。この世界に来た天使。
 ――しかし、この子はもうすぐ自らが来た世界へと帰ってしまうのではないだろうか。
 ティエリアはベルベットをじっと見つめる。ベルベットははにかむように笑った。
「可愛いな。ベルベットは」
「ありがとう。かあさま」
「さぁ、王留美のところへ行くぞ」
 照れ隠しにティエリアが言った。ベルベットの手を繋いで。
「はーい、かあさま」
 振り向くと、聖女のように微笑んでいるソーマ・ピーリスの顔が見えた。きっと、これがマリー……アレルヤも好きになった女だ。

 ティエリアはベルベットと共に王留美に部屋に来たことを知らせた。続いてソーマ・ピーリスも。
「どうぞ。お入りになって」
「済まない。王留美。遅くなって」
 扉がシュン、と開く。グレンと王留美が待っていた。
「貴方がたが来るのを楽しみにしていましてよ」
 王留美は床の上だった。覚悟していたとは言え、ティエリアは息を飲んだ。ティエリアの不安を見て取ったのか、ベルベットが握っていたティエリアの手に力を入れた。ソーマも心配そうに眉を寄せた。
「心配しなくても、CBの方々は皆無事ですわ。さっき沙慈から連絡がありましたの」
「沙慈も無事か?」
「ええ――」
 王留美の声は掠れていた。
「こんな声で済みません」
「いや、それはいいが――」
「ベルベット。ベルベット・アーデか。留美から話は聞いた」
 グレンがベルベットに向き直る。
「そうだけど、おにいちゃまは――?」
「俺は、王留美の夫だ」
「おっと……?」
「世界一王留美を愛している男だ」
「グレン!」
 王留美が叫んで――それからごほごほと咳き込む。
「まぁ、今は紅龍がライバルだけどな」
「まぁ、グレンったら……」
 王留美は今度は可憐に軽く咳き込む。
「紅龍は王留美のお兄さんなんだ」
 ティエリアはそっとベルベットに耳打ちする。王留美がティエリアを軽く睨む。
「と、まぁ、留美はこんな状態だ。歓迎する。ベルベット。よく留美の命を助けてくれたな。留美の次に愛してるぜ」
「えへへ……」
 グレンのようないい男に『愛している』と言われて、ベルベットは満更でもないようだ。
「グレン! ベルベットは僕の娘だ!」
 ティエリアがむきになる。
「そう怒んなって。一番は留美なんだから」
「むっ。それはそれでムカつくな……」
「親馬鹿だな。ティエリア」
「もういい。それ以上喋るな。グレン」
「――だな。これ以上喋ってもベルベットの母さんの逆鱗に触れるだけだもんな」
「べるもかあさまのなの」
「はいはい。わかったわかった。王留美。そんな状態じゃ茶を淹れられないだろ。俺が淹れてやるよ」
「……ありがとう」
 グレンの言葉に王留美が柔らかく笑った。これが愛を知った女の顔か――と、ティエリアは思った。
「それはいいがグレン。君にまともな茶が淹れられるのか? いつもダシル頼みだったのだろう?」
「失礼な。俺だってそのぐらいは――」
「グレンのお茶は最高ですのよ」
 誇らかに王留美が自慢した。
「確かにダシルには敵わないけどな」
「グレンのお茶には愛情と言うエッセンスがありましてよ」
 グレンと王留美がキスをする。ティエリアはベルベットの目を自分の手で塞いだ。それを見てソーマ・ピーリスがくすっと笑った。

2016.12.28

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