ニールの明日

第百十四話

「ようやくここまで来たか……」
 ミスターブシドーことグラハム・エーカーが大きく息を吐いた。
「待っていたぞ。この日を」
 この間はジョシュアの名に免じて見逃してやったが、今度はそうはいかない。――ビリーとの約束もある。
「ハワード、ダリル、俺に力を貸してくれ」
 グラハムは瞼を閉じた。
 ハワード・メイスンとダリル・ダッジは戦争で亡くなったグラハムの部下である。忠実な良き部下であった。
 マスラオのGNロングビームサーベルには『ハワード』、GNショートビームサーベルには『ダリル』と名付けた。彼らの死を忘れないように。彼らの犠牲を無駄にしない為にも。
 グラハムはカッと眼を見開いた。
「行くぞ!」

「そうか……プトレマイオス2の領域に達したか」
 部下の報告を受けビリー・カタギリは安堵した。
 ミスターブシドー……いや、グラハムもやっとやる気になったみたいだし。
「疲れたな」
 戦線のただ中にいる兵士達にしてみればそれどころではないのだが、ビリーは後方支援の身であった。
(これが僕の最初で最後の復讐だ……スメラギ・李・ノリエガ、いや、リーサ・クジョウ……)
 ビリーはベッドに身を預けるとそのまま眠ってしまった。ここのところ、徹夜続きであったのだ。モビルスーツをパワーアップさせる為に。

「きゃあ! 何よ、この数!」
 クリスがモニターを見て仰天していた。
「――落ち着いて。大丈夫よ。……大したことないわ」
 スメラギがクリスを宥めようとした。
「スメラギさん……」
「でも、ここからじゃトレミーの攻撃は届かないわね。……ガンダムのお出ましね」
 スメラギは呟いた。ガンダムマイスター達はそれぞれの機に既に搭乗している。――沙慈・クロスロードもエクシアに。
「出動準備、整いました」
 モニターからティエリアのしっかりした声が聞こえる。
「お願いね。みんな」
「――だとよ。ま、いっちょがんばろうぜ、刹那」
 スメラギの言葉は、ダブルオーライザーのパイロット二人、ニール・ディランディと刹那・F・セイエイにも届いていた。
「ああ」
 ニールの言葉に刹那は簡潔に答えた。
「刹那・F・セイエイ……」
「ニール・ディランディ……」
「出る!」
 ダブルオーライザーは出撃してその場を後にした。
 セラヴィーガンダム、アリオスガンダム、ケルディムガンダム、――そしてガンダムエクシアも続いて戦場へ向かう。
 空中にアロウズのモビルスーツが散華する。かなり数を減らした。
「へっ、楽勝」
 ライル・ディランディがモニター越しに笑っていた。
「油断をするな、ライル」
「わかってますって、兄さん」
 だが、彼らも油断していた。
「あ、あれは――」
「マスラオ……」
 ニールと刹那は同時に呟いていた。黒を基調とした、特徴的な機体。
「ガンダム、今こそ雌雄を決する時だ!」
「返り討ちにしてやんぜ! 行くぞ、刹那!」
「ああ!」
 刹那は返事してからこくりと頷いた。
 ダブルオーライザーが攻撃を仕掛ける前に、マスラオが来た。
「速いっ!」
 ダブルオーライザーはすんでのところでかわしきった。
「これは……苦戦するかもしれないな」
「ははは! ダブルオーライザーの性能はその程度ではないはずだ! 本気を見せろ! 少年!」
「安い挑発だ! 乗るな! 刹那!」
 ニールの言葉も虚しく、刹那のポーカーフェイスの顔がほんの少し歪んだ。
「言ったな……! ダブルオーライザーを馬鹿にする者は許さん!」
 いつそや、南の島で「俺がガンダムだ」と宣言した刹那である。ガンダム馬鹿は直っていない。いや、前よりも酷くなっているようだ。
「ちっ、きかん坊め――」
 ニールが舌打ちした。けれど、惚れた弱みだ、付き合ってやる!
 相手は接近戦を望んでいる。ダブルオーライザーが如何に性能が優れているとはいえ、グラハムも歴戦の戦士だ。かつてユニオン軍にいた時、ガンダムと互角に渡り合った彼の腕は衰えていないどころか、ますます磨かれている。
 刹那とニールがタッグを組んでいても決着はなかなかつかない。
「ちぃっ! 刹那! こうなったらあれを使うぞ!」
「了解!」
 刹那は叫んだ。
「トランザム!」
「やはりそう来たか――ならばこちらも……トランザム!」
 ダブルオーライザーとマスラオが同時にトランザムモードを発動した。
「ん……んんん、あれ……?」
 ニールの目の前が靄がかっている。
「ニール……?」
 刹那も不安な声を出す。
「これは……しょ、少年!」
「グラハム!」
「俺達……何で裸なんだ?!」
 グラハム、刹那、そしてニールもそういう意味の台詞をそれぞれ思わず叫んだ。刹那のあられもない姿を他の男に見せるのは勿体ない……じゃなくって!
「どういうことだよ! これは!」
「……貴様らが知っているのではないのか?」
 冷静になったグラハムが首を傾げる。
「まぁ……これはこれで少年のヌードも見られるし、目の保養にはなるが……」
 グラハムが冗談なんだか本気なんだかわからない台詞を大真面目な顔で言う。ニールがまた叫んだ。
「刹那は俺のものだ! お前みたいな変態になど渡さん!」
「だ……誰が変態だ! 人のことが言えるか!」
「そりゃまぁ、確かにそうだな……」
 刹那が頷いた。
「刹那……そこで納得すんなよ……」
「うるさい! 夜遅くまで俺のことを離さなかったのはどこのどいつだ!」
 ニールと刹那は、グラハムの目の前で痴話喧嘩を始める。
「そんな羨ましいことを少年と……ニール・ディランディ許すまじ!」
 グラハムの顔が怒りに燃えた。ハワードとダリルが見ていたら、さぞかし呆れたことだろう。
(うちの上司は男色家だ。その性癖さえなければ、いい上司なのに――)
 ――と。
 その時、トランザムモードの効力が切れた。
「あれは一体……」
 ニールが呟いた。一方のグラハムは、
「いいものが見れたのは良かったが、彼らは我々の敵……! 敵ならば堂々と決闘して倒さねばならぬ……!」
 と歯噛みしていた。その時、マスラオのモニターに若葉色の髪をした若い男が映った。リボンズ・アルマークだ。彼の涼やかな声が言った。
「ミスターブシドー。今すぐ帰るんだ。事情が変わった」

2014.11.3

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