ニールの明日

第百十五話

 ミスターブシドーこと、グラハム・エーカーが、リボンズ・アルマークの部屋に向かっている。
「ま……待ってくれ。グラハム……いや、ミスターブシドー」
「ビリーか……私は今、ものすごく機嫌が悪い」
「そりゃ、見たらわかるよ……僕もどうしてリボンズがマスラオに帰投を命じたのか疑問がある」
「あれは、お前の指図じゃなかったのか?」
 グラハムは微かに目を見開いた。
「僕なんかここでは傀儡さ。おお、そんなこと話している暇はない。行こう」
「――そうだね」

「――来たか」
 リボンズは優雅にお茶などを口にしている。リジェネ・レジェッタが彼のそばに立っている。
「ミスターブシドー、参りました」
「同じく。ビリー・カタギリ、参りました」
 二人は敬礼する。
「やぁ……」
 リボンズはお義理に少しだけ頭を下げた。
「ミスターブシドー、君に帰還を命じた訳を説明しよう」
「はっ!」
 リボンズはスクリーンにマスラオとダブルオーライザーの戦いを映した。
「これは……」
「撮影班の部下が撮ったものだ。そして――」
 ダブルオーライザーとマスラオが、青緑色の光に包まれる。そこで、リボンズが映像を止めた。
「――僕はダブルオーライザーには何らかの未知のファクターが隠されていると考えている。この青緑色の光も含めて」
「これは……」
「GN粒子だ。多分」
 ビリーが何か言いかけるのへ、リボンズが引き継いだ。
「――だが、こんなGN粒子があろうとは僕も知らなかった。ミスターブシドー、君は彼らと戦った。そこで、この光の中では何が行われていた?」
「何が行われていたか……」
 言いにくい。ダブルオーライザーのパイロット、刹那・F・セイエイととニール・ディランディが裸で目の前にいたなんて。
 それでも、言わねばならぬ。グラハムは彼にしては珍しくあまり饒舌になれなかったが、それでも何とかリボンズに満足してもらえるよう説明した。
「なるほど――やはり、イオリア・シュヘンベルグ理論から洗い直さねばならないかもしれないな。ご苦労だった。君達は帰っていい」
「はっ!」
 グラハムとビリーはリボンズの部屋を退出した。
「しかし、あれで終わりとは拍子抜けだな」
 ビリーがうん、と腕を伸ばして言った。
「どこがあれだけだ。私は恥ずかしさでいっぱいいっぱいだったぞ」
「ほう。君が恥を知ってるとはね……」
「殴るぞ。ビリー……ニールはともかく、少年が裸だったのは言いたくなかったな。ニール・ディランディの気持ちが少しわかったような気がする」
「まぁ、後で僕の部屋に来たまえ。ドーナツでもご馳走してあげよう」
「断る。君の好むドーナツは甘過ぎる」
「まだ怒ってんのか。冗談だって」
「――怒ってなぞ、いない」
 ただ、少年の未来を考えると――つい心配になってきてしまうだけだ。リボンズは目的の為なら手段を問わないと聞く。まぁ、ニールはどうでもいいが。
 ビリーの部屋でドーナツをつまむ気にもなれない。
(これは――この思いは、やはり恋……)
「まぁ、仕方ないね。今日は僕も一人でいたかったんだ。本当は」
「そうか。では、また誘ってくれ。暇な時にでも」
「ああ」
 グラハムとビリーはそう言って別れた。

「ねぇ、リジェネ」
 グラハムとビリーが去った後、リボンズがリジェネに話しかけた。
「何だい? ……リボンズ」
「僕は道化だろうかね」
「急に何言い出すんだい? リボンズ」
「この頃、自分がアレハンドロのことを笑えないような気がしてさ――勿論、僕は彼ほど馬鹿ではないつもりだが」
 アレハンドロは、リボンズの台詞に激昂して間違えて自爆ボタンを押してしまったのだ。本当に馬鹿な男だった。
 ――リボンズの台詞に、リジェネはくすっと笑った。
「君達は道化だよ。アレハンドロも、君も」
「やはりそう見えるか?」
 リボンズは怒らない。そして続けた。
「――ガンダムの謎を考えるとね……馬鹿馬鹿しいとは思いながらも入れ込んでいる僕がいる」
「…………」
 リジェネは何も言わずに吐息をつく。
「君はどうだい? リジェネ」
「さぁね。僕にはそういう感情はないから」
「刹那・F・セイエイとニール・ディランディ。彼らを味方に取り込むことはできないかな」
「――無理だと思う」
「だろうね。今のは戯言だから忘れていい。ただ――彼らを味方にすればいろいろなことがわかるかも、と思っただけさ」
「君はアロウズの最高責任者だ。あくまで影の、だけどね。滅多なことは言わない方がいい」
「アロウズなど、僕の目的の駒さ。僕の目的は――人類の革新だ」
 リボンズは自分の顔の前に手をかざす。綺麗な手。アレハンドロはよくこの手の甲にキスをした。――天使だと言って。
(ふふ、彼もあの世でとんだ天使を拾ったと思っているに違いないな)
 そう考えているリボンズ。リジェネが質問をした。
「……ねぇ、リボンズ。どうしてそんなことを僕に言うんだい?」
「――さてね。今のところ、君が僕の一番近くにいるからかな」
「……リボンズ……」
 リジェネが言った。
「僕のことも単なる駒だと考えているんだろう。本当は」
「――わかるか」
「君とは長い付き合いだからね」
 アレハンドロといた時でも、リボンズはリジェネと脳量子波で連絡を取り合っていた。アレハンドロはそのことを知らない。
(もし、リジェネの存在をアレハンドロが知っていたなら……)
 リボンズがリジェネに目を遣った。リジェネは紫色のウェーブがかった髪、ノンフレームの眼鏡の奥の目は赤みがかっている。確かに美少年だ。それに――リジェネはCBのガンダムマイスター、ティエリア・アーデに似ている。
 アレハンドロはリジェネみたいな少年は好みだったろうか。
(まぁ、いい。あの男のことは――)
「僕は少し寝る。リジェネ。君はイオリア・シュヘンベルグの著書のデータを用意してくれ。できる限りでいいから」
「――わかった」

「やはり、今回では決着がつかなかったな。刹那」
「――そうだな」
 ニールと刹那はトレミー内の廊下で話し合っている。トレミーはまだ、地上にいる。
「……お前の言う通りだったな。刹那」
「――ああ」
「いいんだけどさ……俺の知ってる刹那じゃなくなってくるような気がして、俺は何だか怖いよ」
「心配せずとも、俺が俺であることに変わりはあるまい」
「違いねぇ」
 ニールは急に刹那が愛おしくなって、彼の癖っ毛を大きな手で撫でる。
「――お、ありゃ。クリスじゃねぇか」
「ニール、刹那……沙慈が部屋から出てこないのよ……!」

2014.11.13

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