ニールの明日 第百十九話

ニールの明日

第百十九話

「――私も行ってきます」
 ヨハン・トリニティが言った。
「あなたも?」
「はい。――あれでも私の弟妹達ですから」
「面倒見がいいのね」
「どうも」
 ヨハンの口元にうっすらと、嬉しそうな笑みが浮かんだ。
 スメラギはその表情を見て、何故か心が痛んだ。
(私達――トリニティ・チームを利用しているんじゃないかしら)
「ねぇ、ヨハン。CBに義理立てしなくても、いつでも出て行っていいのよ」
「いえ、スメラギ・李・ノリエガ。私達はここが好きですから」
「だといいけど――」
「それに、今更逃げたところで、私達も狙われますから。行くところもありませんし。それに――あなたの言う通り、死にたくなければここが一番いいでしょう。ネーナだってわかってます。すぐにここに帰ってきますよ」
「でも、隠れるところぐらい――」
「スメラギ・李・ノリエガ。私は貴方がたが好きです」
「は……」
 スメラギは思わず絶句した。
「それでは」
 ヨハンがトレミーを出て行こうとした時だった。
「どこ行くんだ? ヨハン」
 ニールに声をかけられた。刹那も一緒だ。
「不出来な弟妹達を迎えにね」
「俺達も行っていいか?」
「ニール――」
「どうぞ」
 不安そうな刹那に、ヨハンは笑いかける。
 日はまだ高く昇っている。かんかんと陽光が照っている。
「ここは――熱いな」
「帰ってもいいんですよ。ニール」
「ま、この制服は体温を一定に保つ布地を使っているから大丈夫なんだけどさ」
 ニールがヨハンに言った。
「あー、ニールに刹那だー」
「何っ?!」
「ねぇ、刹那ー。海行こ海――」
「おい、ネーナ。こんな奴らと行くことないだろ。俺がいるだろ?」
「ミハ兄と行ったってねぇ……ヨハン兄、もう少し外いていい?」
「――気をつけるんだぞ」
「はぁい」
 ネーナはミハエルと追いかけっこをしている。
「アンタ――今、笑ってんな」
 ニールの言う通り、ヨハンは確かに笑っていた。
「妹や弟と一緒にいられるからな。それにしてもニール――私達はここが好きだが、もしかしたら邪魔なのではあるまいか?」
「は?」
「スメラギ・李・ノリエガに――いつでも出て行っていいと言われた。でも、私達は出ていく気はない」
「ああ、ミス・スメラギか。おまえ達の身を案じただけで、特に本気で出て行って欲しいとか、そういう気はないと思うぞ、な、刹那」
「ああ――」
 ニールの言葉に刹那が頷いた。
「ま、ちょっとネーナにはうんざりすることもあるがな――」
「すまない、ニール」
「ヨハン、おまえが謝ることはねぇよ。あの明るさが俺達を救ってくれることだってあるんだからさ」
 ニールがウィンクした。
「けれどネーナはわがままだから――それに、頭に来ることがあるとめったやたらに攻撃するところがあるし。ミハエルもな」
「その手綱を操るのが長兄の役割だろう」
「刹那――」
「ああ。偉そうなことを言って済まない」
「私も――私には、ミハエルとネーナしかいなかった。この二人が幸せになる為にはどんなことでもしようと思った」
「トリニティ・チームは俺達の助けになってるよ」
「だといいが――」
「ヨハン。おまえはよくやっていると思う」
 ヨハンよりも背の低い刹那の台詞に、ヨハンは目を瞑ったまま、
「ありがとう、刹那」
 と言った。

 かっかっと赤づくめの男がアロウズの廊下を闊歩する。
「どうした? 大将」
「アリー……」
 リボンズが短い髪を掻き上げる。
「遅かったな」
「女が離してくれないもんでね」
「酒はやめたのか?」
「女と酒を飲んでたんだ」
 アリー・アル・サーシェスは、長い癖っ毛に髭を生やしている。これで髭を剃ったらなかなかの美形なのだ。
 これはこれで、ワイルドだとか言って、ついていく女に事欠かないのだが――。
(僕にはわからないな――)
「で、何の用だ?」
「カタロンに出向いてもらいたい」
「戦争か?」
「――そうだ」
「ふぅん。なるほど。戦だったら俺に任せとけ!」
「彼らを人質に取ってもらいたい」
「おう。そういう卑劣なことは大好きだ」
「卑劣って――自分で言うのかい?」
「ああ。正義の味方ってのはどうも性に合わねぇ」
「そうだな。だからこそ、君のことは気に入ってるんだ。自分の欲望に正直で」
「ありがとよ。褒め言葉と受け取っとくぜ」
 リボンズは微笑した。
「お茶でも飲むかい?」
「酒が欲しい」
「バーボンかい?」
「うむ――」
 まるで水でも飲むみたいに、アリーはバーボンを喉に流し込む。
「俺は、酒と戦争があれば生きていける」
「――いずれ、ニール・ディランディを片づける仕事も任せるよ」
「ち。あのくたばりぞこないが。俺のプライドを傷つけやがって。絶対殺したと思ったのによ」
「ニールの生存については、僕の研究にも関係があると思っている」
「研究? 大将はいつから学者になったんだ?」
「引っかかることがあるんでね。なに、時期が来たら君にも教えるよ」
「別にいいさ」
 アリーはまたバーボンを呷る。
「俺は、戦えさえすればそれでいい。――MSはあるんだろ? まさか素手で戦えと言うんじゃないだろうな。ま、それでもいいけど」

2014.12.23

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