ニールの明日

第百十話

「刹那、入っていいか?」
「――ああ」
 ニールは刹那の部屋に入室した。
「待ってた、ニール」
「刹那!」
 二人は何度も何度もキスをする。角度を変えながら。
 ニールはふと、刹那の左手の薬指に目を落とした。
「刹那……俺がリャドから買った指輪はどうした?」
「なくさないように、金庫にしまってある」
「そうか……一応大事にはしてくれてるんだな。でも……俺は、して欲しいんだよな」
 ニールが少し寂しく思いながら言った。なくさないようにしてくれているのはありがたいんだけど……。
「わかった。ちょっと待ってろ。ニール」
 刹那は金庫から指輪を取り出し、細い指に嵌めた。そして――。
 愛おしそうに指輪の小さな宝石にキスを落とした。
 ニールの心は、喜びではちきれんばかりになった。勢いよく刹那を抱き締める。
「刹那、刹那――」
「ニール……ん!」
 ニールの激しい口づけに、刹那の瞳もとろんとなった。その後、快楽の夜が二人を訪れた。

「……な、刹那」
「何だ……?」
 事後の幸せな疲れに身を任せながら、ニールは何となく刹那を呼んだ。
「俺にはおまえしかいないよ」
「俺も……今は、おまえだけだ」
「今は……?」
「ああ。俺は、男娼だった――」
「刹那!」
 ニールの声が厳しくなった。
「そんな、自分を貶めるようなことを言うんじゃない! おまえは清らかだよ! 俺が触れていいものかどうかわかんないほど、清らかだよ」
「おまえこそ、そんなに俺を買い被るな。俺は――清らかなんかじゃない」
「俺には――おまえは天使のように見えるよ」
 ニールは、身を起こして刹那をすっぽり包んだ。
「ニール……」
「刹那……またやりたくなった」
「俺も……」
「俺……おまえしか欲しくない」
「俺もだ、ニール……」
 刹那はニールの腕の中で、つーっと一筋、涙を流した。指輪の宝石がきらりと光る。
「なぁ、刹那――この戦いに決着がついて、真に平和な世界が来たら――結婚しようぜ」
「真に平和な世界か……何年かかるかわからんぞ。俺達、その頃は死んでるかもな」
 刹那がくすん 、と笑いながら言った。
「だったら、天国で結婚しようぜ」
「俺達は地獄へ行くかもしれないぞ。……罪のない人も随分殺してしまった。仕方のないことだとは言え……」
「俺にとってはおまえがいればそこが天国だ」
「今も……?」
 刹那の質問に、ニールはキスで答えた。
「今もだ」
 いつか、俺らはこの世から去る。しかし、魂は一緒にいる。例え、肉体が滅びても――長いキスをしながら、ニールは思った。

 その頃――。
「どうしたの? ライル」
 アニュー・リターナーがライルの茶色の巻き毛を撫でながら訊いた。
「幸せだな、と思ってさ」
「まぁ……」
 アニューの声が優しい。
「私もあなたに会えて幸せよ」
「好きだよ。アニュー」
「愛してるわ、ライル」
 ライルは、この時間がずっと続けばいい、と思った。ライルは、アニューの胸の谷間に顔を埋める。
「ライル……あっ」
 官能の波が二人を襲う。ライルがアニューの中に再び侵入した。
「俺も愛している。アニュー。アニューが同じ気持ちで嬉しいよ……」
 ニールとライル、双子の男達は、それぞれに愛する人を見つけた。彼らの相似形の魂、ベクトルは違っても愛の重さは同じであった。

「おはよう。ニール」
 リヒターを抱えたクリスが挨拶した。
「おう、クリス、リヒター」
「――いい顔ね。ニール」
「そうかい? まぁ、自覚はしてるがな」
「そうでなくて――とても、幸せそう」
「ああ――」
 ソレスタル・ビーイングとアロウズの間には、今や修復が難しいほど深くて暗い溝ができている。
 予兆はあった。アレルヤの拉致監禁、ライルの仲間を監獄に入れたり――。
 考えたくなくても、考えてしまう。
「あら? どうしたの? ニール」
「どうしたのって?」
「あの――私の台詞が気に障ったならごめんね。今のニールは――とても辛そう。さっきまであんなに幸せそうだったのに」
「ああ……いや……アロウズのことを思い出すと、な――」
「そっか。でも、アロウズとの戦いのさなかでも、幸せを見つけることはできるんじゃないかしら」
 クリスは慈母の笑みを浮かべた。
「クリス……おまえはやっぱり母親だな」
 クリスはまたにっこり笑った。リヒターはそんなクリスの顔をまじまじと見つめた。
「リヒティも呼んできましょうか」
「そうだな」
 その時であった。
「ニール、クリス、リヒター」
 刹那の涼やかな声が聞こえた。
「どうした。刹那――あっ!」
 刹那が首からチェーンを下げている。その胸元には、ニールの贈った婚約指輪が。指輪は朝の光をうけてきらめいていた。
「スメラギ・李・ノリエガからチェーンを貸してもらったんだ――返さなくていいと言われたが。これなら、なくさなくて済む。一度落としたことがあったからな」
「そうか、それで大切にしまってたのか。刹那……ありがとう」
 ニールが鼻をこする。刹那はぎゅっと指輪を握った。
「礼を言うのは俺の方だ。ニール――ありがとう。これからは肌身離さず持っている」
「まぁま、妬けてしまうわね。あなた達、新婚みたい」
「クリス!」
「ふふっ。さてと、じゃ、私も愛する旦那様を起こしに行ってくるわね」
 鼻歌を歌いながら、クリスはリヒターと共に去った。
「ニール……実は、提案があるんだが」
「何だ?」
「トレミーのクルーの制服、作らないか?」

2014.9.24

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