ニールの明日

第百一話

 ソファには、王留美とスメラギ・李・ノリエガが、ご機嫌とは程遠い表情をして座っていた。屈強な黒服の男達が隣の部屋の扉近くに控えている。
(沙慈に絹江・クロスロードのことを聞きそびれたな)
 ニールが考えていると――。
「悪い。遅くなった」
 ライルが部屋に飛び込んで来た。
「ライル!」
「ライル・ディランディ。ノックくらいはするものだぞ」
 ティエリアが柳眉を顰めた。
「ああ、すまない。――で、どんな話なんです? 教官殿」
 ティエリアはライルの教官なので、ライルもティエリアのことを親しみと揶揄を込めて『教官殿』と呼ぶ。ティエリアが溜息を吐いた。
「彼女に訊くといい」
「王留美様――俺達に一体何の用ですか?」
 ライルは丁寧に言ったが、そこにはからかい半分のニュアンスも見て取れた。
「そうね……まずニールと貴方は外すわね」
 と、王留美。
「それがいいかもね。完全な男性型の顔だし」
 と、スメラギも同意した。
「それじゃあ、どうして俺を呼んだんですか?」
 ライルの尤もな疑問にスメラギは、
「うーん、一応?」
 と、答えを返した。
「一応って……」
「まぁ、ライル、貴方は選ばなかったと思いますわ」
「沙慈もまだスキルは未知数だしね」
「今回の指令は何なんです?」
 と、痺れを切らしたニールが訊いた。
「それは……説明するのはなかなか難しいのですけれど」
「難しくはないわ。王留美。女装してアロウズのお偉方が集まるパーティーに潜入するって言えばいいじゃない。実行するのは大変だけど」
「女装しても違和感ない人が適任なのです。そして、戦闘能力もないといけません。因みにこの作戦を考えたのはスメラギ・李・ノリエガですのよ」
「何だって……?」
 ティエリアの眼鏡の奥の目が見開かれた。
「女装か……」
「教官殿……」
「ティエリア……」
「…………」
 皆の視線がティエリアに一身に集まった。
「何だ! 君達! その目は!」
「いやぁ。適任は教官殿しかいないでしょう」
「僕、ティエリアの女装姿見てみたいな」
「ティエリアは美人だしなぁ」
「…………」
「私達も同じ結論に達しましたの。――決まりましたわね」
「ちょっと待ってください!」
 だが、王留美は聞かず、指をパチンと鳴らした。ティエリアは黒服の男達に連れて行かれた。
 ニールは別のことを考えていた。
(そのパーティーにゲイリー・ビアッジ……アリーは来るだろうか)
 刹那を見ると、彼は拳を力強く握っていた。
「刹那、パーティーにアリーは来ると思うか?」
「あ……ああ。どうなんだろうな」
(刹那は同じことを考えていた)
 ニールは思った。
「アリー・アル・サーシェス」
 王留美の紅唇がアリーのフルネームを紡いだ。
「誰なの? その人は」
 スメラギが訊く。
「子飼いのスパイによれば、ゲイリー・ビアッジというまたの名があるらしいですわ。人道上どうかと思うことも沢山やっているけれど――どれも決め手にかけますの。捕まえるのに」
「んで、ティエリア使ってアリーの様子を窺うってわけか」
「アリーのことだけではないありません。他にもいろいろ調べてもらいたいことがありますの。一番知りたいのは、アロウズの真の黒幕ですわね。大体見当はついているけれど、裏を取りたいんです」
「――王留美」
「何かしら。刹那」
 CBの現当主ははんなりと笑った。
「俺も行っていいか?」
「――そうね……刹那なら、いいですわ」
「刹那が行くなら俺も……!」
「ニール」
 スメラギがぴしりと言った。
「あまり大人数で行くのはまずいと思うわ」
「私もスメラギ・李・ノリエガと同じ意見ですの」
「でも、それじゃ、俺が刹那を守れない……!」
 そうだ。決心したのだ。刹那は、俺が、守る。どんなことがあっても――!
「大丈夫だ。ニール。ヘマはしない」
 刹那のワインレッドの瞳には、揺るぎない決意があった。
「認めてくれ。俺の力を」
「刹那……」
 刹那はガンダムマイスターに選ばれた男だ。ダブルオーライザーに乗ったことで、更に才能が開花された。
 ニールは苦笑した。
「わかったよ。刹那。このきかん坊」
 ニールは刹那の頭をこつんと叩いた。
「俺の力が必要になったら、呼べよ」
「――でもさ、ダブルオーライザーは潜入には向かんし、第一二人でないと操縦できないんじゃなかったか?」
 ライルが疑問を発した。
「ああ。一人だけだと動きが不安定になるんだ。でも、それだけのことはある」
 それは、ニールがダブルオーライザーに乗ってみての感想だった。刹那もこくんと頷く。
「やっぱり沙慈にも言った方がいいんじゃないかな? エクシアの次期パイロットだろう? 彼は」
 アレルヤが言った。ライルが王留美に向き直る。
「どうする? 王留美」
「伝えるだけなら、私が伝えておきますわ。彼はどう? 使い物になるかしら」
「それだったら、ティエリアやイアン達の方が詳しいんじゃないかな」
「教官殿も大変だよな。俺の演習に付き合ったり、沙慈の面倒を見たり――俺は筋がいいからその分楽できるだろうが」
「よく言うぜ。沙慈よりお前の方が付き合うの大変だとティエリアが言ってたぞ」
「あれ? そうかい」
 ライルの口元が笑みの形を作った。こんな言い合いをできるのも、無事でこの双子の弟に会えたからこそだと、ニールは、世界を司る何者かに感謝をした。
(運命か……そういうのも信じたくなるな)
 それからニールはしばらく黙っていた。刹那達の言い合うのを快く耳にしている。
「王留美。お前は仕事熱心だな。どうせ紅龍に当主の座を譲るのに」
 刹那が言う。
「私、完璧主義なの。お兄様にはいい形でCBを引き渡したいのですわ。それができなかったら、グレンに合わせる顔がありません」
「グレンはお前にとっての錨のようなものか?」
「ええ。彼がいるおかげで、私は真っ当な道を歩むことができるんですの」
 スメラギの提案とはいえ、ガンダムマイスターのティエリアに女装させるのは真っ当なことなのか――ニールがそう言おうとした時、部屋の扉が開いた。

2014.6.19

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