ニールの明日

第百八十四話

「とうさま! かあさま!」
「ベル!」
 アレルヤとティエリアがベルベットに対して腕を差し出す。
「ベルって……あなた達知ってるの? この子のことを」
 些か呆れ気味のクリスが口を出す。アレルヤが答える。
「うん。いつぞや夢の中で会ったんだ。ティエリアも会ったって」
「――まぁな」
「夢の話したら、ティエリアも僕と同じ夢を見ていると言うので、驚いちゃった。シンクロニシティというやつかな」
「そんなことはどうでもいい! ベル!」
 ティエリアがベルベットを強く強く抱きしめた。
「ベルベット……僕は君にどれ程会いたかったことか!」
「痛いって……かあさま……」
 けれど、そんなことを言おうと、ベルベットは満更でもないらしい。済まない、と謝ってティエリアはベルベットを離した。
「イアン、あなたが連れて来てくれたんですか?」
「いや……連れて来たのはフェルトだが……。お前ら、ベルベットは夢の中で会ったというけれど……」
「僕は、アレルヤの話でベルベットという存在がどこかにいると信じた。そして、今、出会えた」
「かあさま……?」
「ベルにはちょっと難しい話だったかな」
 アレルヤが優しく言った。
「ベルベットの存在は……本当は今まで半信半疑だった。僕達に生まれたらいいなと思った、理想の娘だったから」
 そう言ったのはティエリア。
「僕は……ベルベットを生んだ僕が羨ましい。平行世界のどこかに存在しているのだろうか……」
「かあさま、なんのおはなし?」
 ベルベットは首を傾げている。イアンがにやにやしている。
「平行世界ね……そんなもんがあるとしたらの話だが、なぁ、クリス。男がガキを生んだのと、平行世界から子供がやってきたというのと、どっちの真実を信じる?」
「さぁ……私は難しいことわかんないから……リヒターの元に帰らないと」
「うんうん。赤んぼは目が離せないからな。子育て頑張れよ」
「もち、よ」
 お道化た調子でクリスがイアンに対して言って、部屋に戻った。
「あのー……」
 すっかり忘れ去られた形のソーマ・ピーリスが言った。その隣にはセルゲイ・スミルノフ。『ロシアの荒熊』が。
「ああ。あなたは……えっと……」
「ソーマ・ピーリスです」
「イアン・ヴァスティだ。宜しく」
 イアンがソーマと握手を交わした。
「よろしくなのー」
「いい子ね。……ベルちゃん、だっけ?」
「うん。べるべっと・あーでなのー」
「ありがとう。仲良くしてね」
「うん……でも、とうさまはかあさまのものなの。とうさまとったらゆるさないんだから」
「――え?」
 ソーマは目をきょとんとさせて――それから笑い出した。
「大丈夫。私はあなたのお父様を取ったりはしないわ」
 そうして、ベルベットの紫色の頭を撫でた。紫色――ティエリアの髪の色。オッドアイ。アレルヤのオッドアイ。
「べるね、ほんとうはとうさまとけっこんしたかったの。でも、とうさまがもうかあさまとけっこんしているからだめだって。けっこんってすきなひととするんでしょ?」
 ベルベットは一瞬しょもんとなったが、すぐに立ち直った。
「あ、でもね、べるにはとうさまよりもっとすきなひとがあらわれるって」
「ベルちゃん何歳?」
「さんさい」
 三歳でこんなに賢いなんて――さすが僕とティエリアの娘だ。すごいなぁ……とアレルヤが感心する。
「賢いわねぇ」
「少し早熟かもしれんな」
 ソーマとティエリアが盛り上がる。
「私――こんな妹が欲しかったわ」
 ソーマの呟きに、アレルヤは少し胸が痛くなった。彼らは超兵だ。きょうだいなんていやしない。
「ベルちゃんにはきっと素敵な人が現れるわよ」
「ほんと? わーい!」
「僕は……複雑だけどね」
「アレルヤ……」
「とうさまはいいひとなの! みんないってるの!」
「お父様より素敵な人が現れるといいわね」
 ソーマがくすくす笑った。
「ねぇ、とうさま。べる、おともだちができたの。おへやいこ?」
「――いいとも。後でね」
「わぁい!」
 ベルベットが万歳をする。
「かあさまもくる?」
「む……その友達はもしかしてリヒターのことか?」
「――りひちゃまなのー」
 ベルベットは喜色満面。こんな可愛らしい娘を持った、どこかの世界のアレルヤ・ハプティズムとティエリア・アーデが羨ましい。アレルヤがそう思った。――イアンが言う。
「おい、お前ら。俺はスミルノフ大佐とソーマ・ピーリスと話があるから適当に遊んでな」
「でも、今は戦争中ですよ!」
「せんそう……」
 ベルベットは恐ろし気に体を震わせた。何だか知らないけど、恐ろしいものだとわかっているらしい。
「ベルベット、こっちに来い」
 ティエリアは背を屈めてベルベットにキスをした。
「君には僕達がいる。ベルベットの本当の両親もいる。だから、案ずるな」
 ティエリアが力強く宣言した。――そして、セルゲイの低い声が朗々と響く。
「アロウズとCBの戦争……私はそれを止めたいと願っている」
「お父様……」
 ソーマ・ピーリスが心配げに眉を寄せる。セルゲイはソーマを見ながら言った。
「ソーマ……君はここに残りなさい。私は――どうやらアロウズに骨を埋めなければならないらしい」
「そんな……お父様! 私もお父様と一緒にアロウズへ帰ります!」
「そーまおねえちゃま……とうさまのいうことはちゃんときくの」
「私は……ベルちゃんみたいな子供じゃないわ」
「いいや。お前は子供だ。ベルベットくんより子供かもしれん。子供はちゃんと父親の言うことをきくもんだぞ」
「…………」
 セルゲイに諭されて、ソーマは黙った。
「まぁ、本当にCBにいることができるかどうかはわからないがな」
「私はアロウズに――!」
「ルイスもCBにいる」
「ルイスは……帰れない事情があるのよ。アンドレイだってルイスが好きなのに……」
「ソーマ・ピーリス! 聞き分けのないことを言うな。これは上官命令だ!」
「は……はい!」
 セルゲイの声に、ソーマは思わず声を張り上げて返事をした。ベルベットも真似をして、ティエリアに「こらっ」と叱られていた。
 ま、茶でも飲みながら今後の話をしよう――イアンが微笑みを浮かべながらこう口に出す。
「でも……いいんですか?」と、アレルヤ。
「まぁ、何とかなるだろ。こっちにはお嬢様もいる」
「王留美は、マリー……ソーマ・ピーリスを歓迎するかわかりませんよ」
「しかし、お嬢様を通さないことには、どうもならんだろう。後で承諾を得る手もあるが、いろいろややこしそうだし、せっかくお嬢様がこの艦にいるんだからな」

2016.10.29

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