ニールの明日

第百八十三話

 時間は少し前に遡る――。

『アレルヤ・ハプティズム。ならびにティエリア・アーデ』
 モニターにイアン・ヴァスティの顔が映る。
『緊急事態だ。そこは適当に片付けて、トレミーに帰ることはできないか?』
「でも……」
 アレルヤはソーマ・ピーリス――いや、マリー・パーファシーへの説得に手こずっていた。ただ倒すだけなら、こんなに面倒ではなかったものの――。
「マリー。君には我々と戦争する理由がないだろう? 元のマリーに戻ってくれ」
『私はソーマ・ピーリスだ――くっ!』
 さっきからアレルヤもソーマも、何らかの理由で頭痛に苦しめられていた。
(ああ、歯痒いぜ! おい、アレルヤ! そのねえちゃんさっさと吹っ飛ばせ!)
(そんなことできないよ。ハレルヤ!)
(お前はいつからそんな聖人君子になった! さっさと殺せ!)
(ハレルヤ!)
(でねぇと、俺がそのピンク色の機体をぶっ壊すぜ!)
(…………)
『アレルヤ』
 今度はティエリアからだ。何だと言うのだろう。
「ティエリア」
『――帰るぞ』
「え? でも、また敵が――」
 ティエレンタオツーに似たダークブルーの機体が現れた。
『誰だ。こんな時に』
 ティエリアが軽く舌打ちをする。
『ソレスタル・ビーイングの諸君。私はセルゲイ・スミルノフだ。今、アレルヤと交戦中のソーマ・ピーリスの……父だ』
『大佐!』
 ソーマの映っているモニターから声が上がった。
『いいえ。お父様……』
 ソーマは泣いているようだった。
 良かったね。マリー……マリー・パーファシー……。あんなに立派な父親がいたなんて知らなかったけど。
『君達はアレルヤとティエリアだったね』
「はい。ロシアの荒熊、セルゲイ・スミルノフ大佐」
 アレルヤが答えた。
『良かったら――私達を君達の基地へ案内してくれないか?』
『何っ?!』
 セルゲイの有り得ない頼みにティエリアが驚きの声を出す。
「アロウズを――裏切る気か?」
 セルゲイは僅かに微笑んだだけだった。
『いいだろう? ソーマ』
『大佐が……お父様がそう言うなら』
 セルゲイは一言でソーマを納得させたようだった。今までの時間の積み重ねがあるとは言え、アレルヤが苦戦したマリーを……。少し嫉妬してしまうのをアレルヤは感じた。
『私からはCBの内情を掴む為に潜入すると言っておこう』
「はぁ……」
 アレルヤが気の抜けた返事をした。
『切った張ったばかりが戦争じゃないからね』
 流石ロシアの荒熊と言われた男だ。戦闘力もさることながら、頭も切れそうだ。
『よし、ついて来い。ソーマ・ピーリス、セルゲイ・スミルノフ!』
 ティエリアがそう言った。
 くっ、まただ……。
 治まっていた頭痛がまたアレルヤを襲った。ソーマ……マリーもどうやらそのようであった。
「マリー……大丈夫かい?」
『話しかけるな。お前が近くにいると頭が痛くなる……』
 アレルヤには、ソーマと反発するものがあるのかもしれない。アレルヤにはそれが悲しかった。
 マリー……せっかく会ったのに……。
 だが、今はそれどころではない。アレルヤのアリオスガンダムもティエリアのセラヴィーガンダムを追った。――そして話は元に戻る。

 トレミーのクリスとリヒターの部屋――。ベルベットはリヒターに夢中になっていた。
「りひちゃま、りひちゃま」
「うー、うー」
 おしゃぶりをしているリヒターが不満そうに声を上げる。
「まぁ、すっかり仲良くなって」
 クリスは微笑む。クリスは性格が丸くなって、今では母親の顔だ。リヒターが拳を振り上げる。
「くりすおねえちゃま、りひちゃま、『りひちゃま』ってよばれるのきらいみたい」
「あら、どうして?」
「みんなとおなじように、『りひたーおにいちゃま』ってよばれたいみたい」
「まぁ……」
 クリスはくすっと笑った。
「でも、リヒターはベルちゃんより年下だから……」
「そうなのよね。りひちゃま、べるはもうさんさいなのよ」
「うー」
「すぐにおおきくなるって。べるよりも」
「ベルちゃんはリヒターの言うことがわかるのね」
「うん! りひちゃまだいすき!」
「うー」
「――こどもあつかいするなだって」
 ベルベットはしょもんとした。
 リヒターは近付いて行って、ベルベットの頭を撫でた。ベルベットはにっこり笑った。そして続けた。
「こどもあつかいしなければ、べるのことすきだって。『りひちゃま』とよばれてもきにしないって」
 ベルちゃんもリヒターもいい子ね――クリスティナ・シエラはそう思った。
 この子達の為にも、未来は――。
 客が来たらしい。イアン・ヴァスティだった。
「よぉ、クリス。ベルを連れて来れないか?」
「それはいいけど――どうしたの?」
「アレルヤとティエリアが帰ってきた」
「とうさまとかあさまが?!」
 お絵描き帳に絵を描いていたベルベットが頭を上げた。偶然にも、ベルベットが描いていたのはティエリアとアレルヤ。そして、真ん中にベルベット自身を描いた絵だった。
「呼んだのは俺だがな――後で王留美に勝手なことして済まんと言ったら、彼女もアレルヤ達を呼ぶつもりでいたらしい。おかげで目玉を食うことはなかったよ」
「そう……よね。アレルヤとティエリアはベルちゃんのお父さんとお母さんということになってるもんね」
「くりすおねえちゃま。とうさまとかあさまはほんとうのとうさまとかあさまなの!」
 ベルベットはクリスがベルベットの言うことを話半分にしか聞いていないことがわかっているようだった。とても頭のいい子である。
「そうね。ごめんね。ベルちゃん」
「えへへー」
 クリスが紫色のベルベットの頭を撫でるとベルベットはやに下がる。こういうところは年相応の子供である。
「で、どうだった? アレルヤ達の反応は」
「――あまりびっくりしている様子はなかった。俺だって仰天したのに」
 イアンはぶつぶつと呟く。
「ベルちゃん、お父さんとお母さんに会いに行く?」
「行くー!」
 ベルベットは喜びを全身で露わにした。アレルヤはともかく、あのクールなティエリアからこんな喜怒哀楽の豊富なベルベットが生まれたなんて信じられない。尤も、ティエリアは男であるから、ベルベットを産んだということだけで既に信じられないが。
 ――やはり、ベルベットはアレルヤ達の娘なのだろうか。だから、二人ともあまり驚かないで……クリスの頭の中ではいろんなことがぐるぐると回った。

2016.10.19

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