ニールの明日

第百八十二話

「どうしたの? シャーロット」
 友達の女の子が呼びかけた。
「――私達の仲間になる子がいるの」

 ――王留美が目を覚ました。
「おはよう。奥方」
 グレンが言った。
「あ、私……どのぐらい眠っていたのかしら」
「正確なところはわからないがかなりだな。疲れてたんだろ」
「ええ……お兄様に経過を聞かなくては……」
「もう少し周りの人を頼ったらどうだ? 例えば俺とか」
「ありがとう。紅龍はどこかしら」
「このトレミーのどっかにはいると思うぞ」
 グレンはぶすっとしていた。
「どうなさったの? グレン。機嫌が悪いようですけれど」
「ダシルに『方向音痴の面倒を見ている余裕はないんですよ』と言われた」
「まぁ……」
 王留美はくすっと笑った。
「私、お兄様を探して参りますわ」
「俺も行こうか?」
「――私にも方向音痴の面倒を見ている余裕はありませんの」
「ちぇっ」
「必ず戻って来ますからそこで大人しくしていてくださいな」
 そして、王留美はキャットウォークに移動した。

 王留美が廊下の広まったところに行った時だった。
 元気のないアニューが一人で佇んでいる。
「どうかしましたの? アニュー……」
 言い募ろうとした時だった。アニューの目が金色に光った。
「きゃあっ!」
 王留美は突然、アニューに喉元を絞め上げられた。
「な……何を……なさるの……アニュ……」
「止めて。私……王留美……逃げて……」
「何……言ってるの……」
 こんな状況下で。――アニューの手にますます力が入った。
「止めて。私……ごめんなさい……王留美……」
 アニューの瞳から涙が一滴零れて王留美の頬を濡らした。
 ――もしかして……アニューは操られてるの?
「アニュー……」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
 王留美は思った。――ここで散るのも運命かしら。仕方ないわね。私も、今まで充分幸せだったのですもの……。
 もっと前だったら王留美も必死に抵抗しただろうけれど。
 王留美が微笑む。アニューの中の何かが怯んだようだった。
 ――と、そこへ。
「アニュー、王留美!」
「あにゅーおねぇちゃま!」
 リンダ・ヴァスティと、ティエリアと似た髪型の幼女がやって来た。
 幼女のオッドアイが光を放ったような気が、王留美にはした。
「あにゅーおねえちゃまのなかにいるおにいちゃま、いますぐあにゅーおねえちゃまからでていきなさい!」
 幼女が叫んで指差すと……アニューに似た薄菫色の髪の男(多分男だろう)の姿が現れて――消えた。憑き物が落ちたような顔をアニューはした。

「ちっ、失敗か――」
 アロウズにいたリヴァイヴ・リヴァイバルの本体が舌打ちをした――。

「王留美!」
 王留美が、ごほ、ごほと咳き込んだ。
「大丈夫? 王留美! ごめんなさい、私のせいで……」
「ちがうの! あにゅーおねえちゃまはわるくないの!」
 幼女が叫んだ。ティエリアと同じ紫の髪、上等のドレス、金目銀目のオッドアイ。
「その子は――」
「べるべっと・あーでなの」
「――やはりその娘はティエリアの……」
 王留美が呟いた。
「おねえちゃまはなんていうおなまえなの?」
「王留美よ」
「わんりゅーみんおねえちゃまね」
 そこへ――スメラギが馳せ参じた。
「スメラギ!」
「アニュー……何かあったの? 悪い予感がしたから戻ってきたけど」
「さっきリヴァイヴの話、したでしょ? スメラギ。私の中にいた彼が王留美を殺そうとしたの」
「何てこと――王留美、大丈夫?」
「ええ。……私が悪運が強いことは貴女もご存じでしょう? スメラギ・李・ノリエガ」
「……まぁね」
「この小さな勇者が助けてくださったのよ」
 王留美がベルベットを指差した。
「あ、あの……べる、こうしたほうがいいとおもって――」
「まるで悪魔祓いのようだったわ。この子、凄い子ね。ティエリアとアレルヤの娘と言われても驚かないわ」
 リンダが感心したように呟いた。王留美が目を瞠った。
「待ってくださいな。リンダさん。ティエリアとアレルヤの娘って――」
「てぃえりあとあれるや、かあさまと、とうさまのなまえなの」
 ベルベットが得意げに胸を張った。
「――まだ、夢でも見ているのかしら」
「りゅーみんおねえちゃま、ゆめじゃないの。べる、ねてないもん」
 そこで、そこにいたメンバーはどっと笑った。
「でもね、ベルちゃん。普通、男同士では子供が出来ないのよ」
 リンダは言い聞かせる。アレルヤとティエリアが恋人であることはリンダも知っているらしいが。
「なんで? どうして?」
「それは――ベルちゃんがもうちょっと大人になってから教えてあげるわね」
「あら、ベルちゃんは二人の養子かもしれないのに」
 と、アニュー。
「でも……ベルベットはアレルヤ・ハプティズムとティエリア・アーデの娘だと何の先入観もなしに信じるのも大切なのではないかしら」
「どうかしたの? 王留美」
 スメラギが首を傾げる。王留美が以前と違うということがわかったらしい。合理的な判断をいつもくだしてきた娘だったのに――スメラギはそう言いたげだった。
「そう思ってみただけでしてよ」
 アレルヤとの子供を欲しがってたティエリア――。きっと、ベルべットは神様から彼らへの贈り物なのだ。
 ただ、本当に『この世界』の住人なのかはわからなかったが――。
 この子をアレルヤとティエリアに会わせてあげたい。
 王留美は強く、強く願った。
 思えば、この戦争は間違いだったのかもしれない。だが――もう後には引けない。いや、いつでも解決策は転がっていたのではないか。今までそれを見なかったことにしていただけで……今からでも何とかならないだろうか。
 王留美は頭脳を素早く働かせて計算をしていた。

2016.10.9

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