ニールの明日

第百八十七話

「ソーマ……」
「大佐、申し訳ありません。席を中座してしまいまして」
 ソーマ・ピーリスが謝罪する。セルゲイ・スミルノフが言う。
「いや、それはいい。だが、これだけは言っておく。――私の妻は昔も今もホリーだけだ」
「はい……」
 ソーマは俯いた。――そんなセルゲイだからこそ、ソーマは好きになったのだ。
 ホリー・スミルノフ。アンドレイの母親で、任務遂行中戦死したのだった。セルゲイは今でも妻が忘れられないと言う。
「にーるおにいちゃま、せつなおにいちゃま」
 たたた……と、ベルベット・アーデが駆け寄る。
「どうしてニールと刹那はセルゲイさんと一緒にいるの?」
 クリスが訊く。
「道案内だよ。王留美に頼まれてね」
「ありがとう、諸君。――では、私はこれで」
 セルゲイが引き下がろうとした。
「せるげいおじちゃま……そーまおねえちゃまとけっこんしないの?」
 ベルベットがこてん、と可愛らしく首を傾げる。
「いいのよ。ベルちゃん。お父様――いえ、大佐。私はここに残ります。だから、ベルベット・アーデに傷一つつかないように考慮してあげてください」
「そうか……やっと決心してくれたか。わかった。私もベルベットくんのことを護るのにやぶさかではない」
「大佐はどうなさるので?」
「アロウズに戻る。戦闘には極力参加しない。今までCBをスパイしていたのだと、リボンズには言っておく」
「リボンズ……」
 リボンズ・アルマークは、アロウズの黒幕的存在である。何をしているのかは、ソーマも知らない。
「セルゲイ・スミルノフ――だったな」
 そう言ったのは、刹那・F・セイエイ。
「途中まで送ってやろうか?」
「いや、今のアロウズにとって、君達は敵だ。無闇に刺激しない方がいい」
「そうだな」
 ニール・ディランディが彼より背の低い刹那の肩を抱いた。
「にーるおにいちゃまとせつなおにいちゃまはけっこんしてるのよね」
「うーん、ベルの言う通りかなぁ」
「そんな訳ないだろう。まだ正式な式は挙げていない」
「挙げたじゃないか。グレンの故郷の村で」
「この二人はもう結婚しているようなもんだわよ」
 ニールと刹那のやり取りにクリスがツッコミを入れる。
「ベル、夢の中で会ったよなぁ、俺達」
 ニールが話題を変える。
「ニール、夢の話をしても、ベルベットにはわからないんじゃないか?」
 刹那が言う。
「ゆめじゃないの。ここにはとうさまもかあさまもちゃんといるの」
「――どうも合点がいかないなぁ」
 ベルベットの言葉に、ニールが首を捻る。
「ほっとけ、ニール。わからないことはわからないままでいいんだ」
「そうだな」
 刹那の考えにほっとしたようなニールであった。
「そうだわ! ライルは?」
 クリスが質問する。
「まさか……」
「いや、それはない。あいつに限って戦死なんて有り得ない。ただ、帰るのが少し遅くなっているだけさ。ダブルオーライザーの方がスピードは上だからな」
「そうなの。良かった……」
 今は戦争中だ。何が起こっても不思議ではない……。
「あ、ライルが帰ってきたようだぞ」
 刹那に天啓が閃いたようだった。
「どうしてわかるの?」
「おいおい説明する――ニール、お前はライルを迎えに行ってやれ」
「ラージャ」
「セルゲイ、俺はアンタと一緒に行く。飛行場までな。それなら平気だろう」
「わかった。済まない」
「なぁんだ。じゃあ、同じ方向じゃないか。一緒に行こうぜ。刹那。セルゲイさん」
「お願いね。それから大佐……」
「何だね? ピーリス中尉。いや――ソーマ・ピーリス」
 セルゲイは、父親だったらこうもあろうような男らしい笑みを浮かべて尋ねる。ソーマが答えた。
「マリー・パーファシーという存在のことを調べてもらえるとありがたいのですが。私も調査しますから」
「――わかった」
「では行こう」
 刹那が言い、ニールとセルゲイが後をついて行った。
 ベルベットが目を擦った。クリスが膝を折り曲げてベルベットに視線を合わせて訊く。
「どうしたの? ベルちゃん」
「……ねむいの……」
「そっか。昼寝の時間だったのね」
「――そうだったのか。でも、目を擦ると赤くなるからやめなさい」
「はぁい、かあさま……」
 ベルベットはティエリアに向かって返事をした。
「クリス、この子は僕達の部屋へ連れて行く」
「そうね。リヒターが騒ぐと困るし」
「りひちゃまはこどもじゃないからさわがないってゆってたの……」
「そんなに急いで大人にならなくていい。いずれは皆、嫌でも大人になっていくものなんだから。リヒターにそう伝えとけ」
「――ティエリアの言う通りだと思うわ。あのね、ベルちゃん、リヒター、あなたの前だから大人しくしてるけど、普段はすごーい手がかかる子なんだから」
「そうなの……」
 ベルベットはまともに聞いてはいないようだった。
「よし、僕が連れて行ってやろう」
 ――ティエリアに抱かれながら、ベルベットは眠ってしまった。

「……ベルちゃん……ベルちゃん……」
 ベルべットを呼ぶ、か細い声。
「だあれ。どこからきこえるの?」
 ベルベットは振り向いた。目の前にはライオンのぬいぐるみを持った金髪の幼女。ちょうど、ベルベットと同じくらい――いや、一、二歳程上ぐらいだ。
「あたし、シャーロットっていうの。あなたは?」
「べるべっと・あーで」
「いくつ?」
「さんさい」
「ねぇ、ベルちゃん、ベルちゃんはあたしたちのなかまよね」
「え……どうなのかな……」
 シャーロットにいきなり仲間と言われて、ベルベットは少し警戒してアレルヤとティエリアの姿を探した。
「あ、ごめん……こんなこといってびっくりさせた?」
「ううん、でも……」
「あたし、ベルちゃんにはやくあいたい。――ベルちゃんはトレミーのなかだよね」
「うん。……なかまって、こころのなかにおなじものをもっているひとのことをいうんだよね。かあさまがいってたもの」
「うちのママもいってた」
「しゃーろっとおねえちゃまはいくつなの?」
「よんさい――もうすぐごさいなの。そうママがいってたの。ところで……ねぇ、ベルちゃんもイノベイターなんでしょ?」

2016.11.28

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