ニールの明日

第百八十八話

「いのべいたーってなに?」
 首を傾げながらベルベットが質問する。
「イノベイターっていうのはね――」
 その時、ぐらりとベルベットの体が揺れる。――遠くで大音響が鳴った。

「きゃあっ!」
 オペレータールームではフェルトがバランスを崩して倒れた。
「大丈夫?」
 スメラギが駆け寄ってフェルトを立たせる。
「ええ……ありがとうございます。スメラギさん」

「うふふふふ、ヤツらに一矢報いてやったわ」
 得意そうに笑うのはヒリング・ケア。
「もう行くぞ。ヒリング」
 そう言ったのは、アニューに似た外見のリヴァイヴ・リバイバル。
「リボンズはちょっと脅すだけでいいって言ってたからな」
「はぁい」
 ヒリングが口を尖らす。本当は徹底的にやっつけたいのだ。だが、ヒリングもリボンズには勝てない。
 リヴァイヴとヒリングの二人はその場を後にした。

「かあさま、かあさま……!」
 ベルベットが泣いている。ティエリアはベルベットをきつく抱いてやった。怖いものから守るかのように。
「大丈夫だ、大丈夫だ、ベルベット……」
 本当はティエリアだって心配でないこともなかった。ヴェーダとリンク出来なくなってからは、彼自身が考え、行動しなければならなくなったのだ。
 しかし、今はアレルヤがいる。しばらく泣いていたベルベットがこう言った。
「とうさま……とうさまにあいたい……」
「そうだな」
 ティエリアもベルベットに同意した。ティエリアもアレルヤに会いたかったのだ。
「よし、アレルヤに会いに行こう」

 ――アレルヤとはキャットウォークで会った。
「アレルヤ……」
「ティエ、ベル、君達は平気かい?」
「ああ……」
「とうさまー」
 ベルベットはアレルヤのところへ飛んで行った。アレルヤもベルベットの体を抱き留める。ベルベットはぎゅっとアレルヤにしがみついた。
「とうさま、とれみーがゆれたの。おっきなおとがしたの」
「知ってるよ。ベル」
 アレルヤは優しい声を出した。アレルヤとベルベットはもう親子みたいになっている。ティエリアでさえまだ少し戸惑っているところがあるというのに――。
「あの揺れは何だい?」
「アロウズに決まっているだろう。犯人はヒリング・ケアとリヴァイヴ・リバイバルだ」
「――手を下した人までわかるのかい」
「これでもイノベイターなものでね」
「かあさまもいのべいたーなの?」
「む……そうだが?」
「あのね、ゆめのなかでしゃーろっとおねえちゃまが、べるのこと『いのべいたー』っていったの」
「シャーロットを知っているのか?」
 ティエリアがベルベットに訊いた。
「うん。きんいろのかみの、よんさいのこだったの」
「なぁ、アレルヤ。シャーロットって……」
「ああ、あの子だね。リボンズ・アルマーク機構の」
 ティエリアとアレルヤは頷き合った。
「とうさまとかあさま、なんのおはなししてるの?」
 ベルベットが疑問に思う。アレルヤは言った。
「その子はいい子だと思うよ。心配いらない」
「しゃーろっとおねえちゃま、らいおんのぬいぐるみもってたの。ぬいぐるみ、にーるおにいちゃまににてたの」
「そっか……」
 今はそんな場合ではないというのに、アレルヤは何となく和んでいるようだ。
『おい、みんな!』
 イアン・ヴァスティのだみ声が聞こえる。スピーカーからだ。
『さっきの敵さんの攻撃で電気系統が一部いかれちまった。艦には破損している部分もある。基地へ急ぐぞ!』
「ラグランジュ3か……」
 アレルヤが考え込んでいる。
「とうさま、いまのがせんそうなの?」
「今の揺れがかい? いや、戦争そのものはもっと泥沼のように複雑なものだ」
「べる、せんそうはいや……」
「――そうだね。ベル。父さんも嫌だよ」
「アレルヤ。戦争の為の戦争をやっている僕達が言う台詞ではないだろう……」
 仕方なさそうにティエリアは溜息を吐いた。
「あ、端末が鳴ってる。ちょっと待って」
 アレルヤが誰かと連絡を取り合っている。アレルヤから預かったベルベットをティエリアが優しく撫でる。自分と同じ紫色の髪。自分が腹を痛めて生んだ子ではないと言うのに、何故こんなに愛しいのだろう。
「え? あ、そうなんだ」
 アレルヤが愉快そうに笑う。
「――何だって?」
 ティエリアには話の内容が気になる。
「ニールがね、セルゲイさん逃げ遅れたって言ってた。どうやら彼ら、夢中で話し込んでいたらしい」
「なんだ」
 そんなことかとばかり、ティエリアは気持ちをベルベットに向け直した。
「べる、せるげいおじちゃますきー!」
「しばらくはここに足止めだろうな。セルゲイ・スミルノフも」
 ティエリアの言う通りであろう。セルゲイはアロウズ側なのだから。――表向きは。だが、ティエリアは少し気の毒に思った。
「それにしても、さっきの攻撃は何だったんだろう。本来ならもっと損害があってもおかしくはないと思ってたのに……」
 アレルヤの呟きを聞いたティエリアが言った。
「それがヤツらのやり方だ。猫がねずみをいたぶるようにじわじわと……」
「そっか……」
 アレルヤはまた話に戻った。ティエリアはベルベットの不安を解消させるかのように優しく髪を指で梳いていた。
「ねこもせんそうするの……?」
「猫は戦争しない。案ずるな」
「うん!」
 ベルベットが笑顔になって頷く。泣いたと思ったらすぐ笑う。落ち込んだと思っても立ち直りが早い。子供と言うのはそんなものなのだろうか。子供のいた経験を初めて味わうティエリアにはよくわからない。リヒターはクリスの子供だし。
「戦争なんて愚かなことをするのは人間だけだ」
「うん……じゃあいのべいたーは?」
「イノベイターもするかもしれんな。だが、ベルベット。君は君の正しいと思う道を行け。その為に君の力はあるのだから」
「はい、かあさま」
 ベルベットはティエリアの胸に顔を埋めた。ティエリアは男なので、真っ平な胸だが。
「かあさま、いいにおいするのー」
「そうか? ありがとう」
「そう。本当にいい匂いするんだよ。ティエリアはねぇ……」
「君は余計なこと言うんじゃない。アレルヤ・ハプティズム。電話に戻れ」
「はい……」

2016.12.8

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