ニールの明日

第百八十九話

 エンジニアリングの心得のあるアレルヤは、トレミーの修復の手助けをする為に離れて行った。
「これから忙しくなるな、あの男も」
 ティエリアが独り言つ。
「とうさま、たいへん」
 と、ベルベット。
「まぁ、今回は無事で良かったよ」
「うん!」
 ティエリアの腕の中でベルベット・アーデは頷いた。
「さてと――僕達はリヒターのところへ行くかな」
「りひちゃまのところへ?!」
 ベルベットの目が輝いた。
「おやおや――この表情を見たらアレルヤはリヒター相手に妬くかもしれんな」
 アレルヤの子煩悩さにいい加減呆れていたティエリアの意見である。――ティエリアも人のことは言えないかもしれないが。
「ティエリア!」
 ソーマ・ピーリスがやって来た。
「そーまおねえちゃま……」
「そう言えば、ソーマ。君にはまだ僕の端末の番号を教えてなかったね」
「あ、はい」
 ティエリアとソーマは連絡先を交換した。ベルベットはティエリアの腕にしがみついている。
「ティエリアから教えてもらったこの連絡先、アロウズに悪用されないといいけれど……」
「それはもう手遅れだ。君にだってそのリスクはあるんだぞ」
「私は――CBは敵だけど信じてはいますから」
「――ソーマ、君はいい子だな」
 ティエリアは目を瞠りながら言った。
「どうも。ベルちゃんもいい子よね」
「そーまおねえちゃまもべるもいいこー」
「だ、そうだ。良かったな、ソーマ」
 ティエリアが苦笑しながら言った。
「誠に光栄でございます。ティエリア。ベルちゃん」
 ソーマがお道化て応えた。ベルベットも目を見開いている。
「ソーマ……ベルベットもびっくりしている。そのう……君が道化の部分を持ち合わせているなんて」
「びっくりしたのー」
「これはどうも」
 ソーマがくすくすと笑った。
「ねぇ、かあさま。べるもそーまおねえちゃまといっしょのかみがたにしたい」
「それはちょっと、難しいかと……」
 ソーマ・ピーリスは銀色の前髪を編み上げている。
「ベルちゃんはその髪型が一番似合うわよ。大好きなお母様と一緒でしょ?」
 ソーマの台詞に、ベルベットは紫色の髪型に手をやって、
「うん!」
 と、力強く答えた。
 ――ティエリアの端末が鳴った。
「何だ? アレルヤか?」
 ティエリアの声に嬉しさが点った。
「とうさまー」
 ――残念ながら、連絡してきたのはアレルヤではなかった。王留美であった。
「ティエリア。ソーマ・ピーリスをこちらで預かることにします」
「ああ……ソーマもここにいる」
「あの……父のセルゲイもまだここに留まっていますが……」
 ティエリアが端末のシークレットモードを解除すると、ソーマが口を挟んだ。
「なら、セルゲイさんもまとめて面倒見ますわ」
「王留美……君も少し変わったんじゃないかね」
 長年王留美を見ていたティエリアが言った。
「なら――それは愛の力ですわね」
 王留美ははんなりと笑顔を浮かべた。惚気られてしまった。――ティエリアは思わず溜息を吐いてしまった。
「グレンのおかげか――」
「まぁ、そうですわね」
 王留美は動じない。どんな時でも冷静で、だからこそ女梟雄と呼ばれたのだ。けれども、今の彼女は何となく可愛い。グレンは猛獣から牙を抜いたのだ。
 愛の力は偉大だ――とティエリアも認めない訳にはいかなかった。
「王留美! 私はアロウズだ。あなたの命を狙わないとも限らないでしょう?」
「そうかしら。私はさっき殺されかけたけれど、それもいいと自分の中で受け入れられましたわ。私はとても幸せだったのですもの。――あの時は、ベルちゃんのおかげで助かりましたけれど」
 ソーマとティエリアは思わずベルベットを見つめる。ベルベットはにこにこと笑っていた。しかし、ティエリアには思い当たる節がなくもなかった。ティエリアはイノベイターなのだから。彼自身は自分は人間でもあると思っているけれど。
「そ……そうなの……」
「だから、ソーマ・ピーリス。私、あなたなんか怖くなくてよ。わかるかしら?」
「――確かに、あなたには怖いものなんてないでしょうね」
「今からまた来られるかしら? 今度は遊びにですけれど。お茶でも用意して待っていてよ。紅龍――お兄様がいないから私が淹れますわ。だから味の保証はできませんけれど」
「王留美自身が手ずからお茶を淹れるのですか?!」
 昔の王留美を知っている人からすれば、天地がひっくり返る程驚くだろう。王留美が捕囚にお茶を振る舞うなんて!
 けれど、ティエリアは驚きを表すことはしなかった。昔からクールビューティーで通っていたのだ。彼自身は人並みに喜怒哀楽はあるものと思っているのだが。それを認めるのはアレルヤ他数人でしかないだろう。――ニールと刹那もだろうか。
 人前で感情を露わにするのはみっともないとティエリアは思っている。親しい者には悩みなどを打ち明けたりするのだが。アレルヤはよくこんな仏頂面を愛したものだ。
「行って来い。ソーマ」
 ティエリアはソーマの肩を叩いた。
「ありがとう。ティエリア……」
 ソーマは涙を一粒流す。
「どうした? ソーマ」
「ここに――来たことは無駄ではなかったわ。私、本来の自分を取り戻せそう……アレルヤにも宜しく言っておいてもらえる?」
「ああ……」
「私、あなた達に会えて良かった」
「だって、そーまおねえちゃまはともだちだもの」
 ベルベットが笑顔で答える。
「アレルヤのこと考えるとまだ頭が痛いけど――必ず良くなるわ。ベルちゃんのお父様だと思えば」
「ソーマ……君がアレルヤの初恋の女で良かった。アレルヤは目が高い」
「ありがとう。でも、今はあなたに夢中なんでしょ? あの人は」
 ティエリアの頬が上気した。
「泣いたのはきっと私が情緒不安定だからね。でも、悲しくはないわ。泣いてびっくりさせてしまったかしら。ごめんなさい」
「いや、いいんだ。泣くのはいいんだ。――泣けるうちはまだいいんだ」
「ティエリア、私、王留美のところへ戻るわ」
「待って。僕達も行く」
「そうしてもらえれば心強いわ」
 涙を拭ったソーマは満面の笑みを浮かべた。その美しさに打たれたティエリアは、本当にあの男――アレルヤは女を見る目があると思った。ティエリアは男だが。
 けれど、ティエリアは女に見間違えられる程の美形だ。それに、アレルヤは男にも女にもモテるだろう。
「王留美――僕達も行っていいか?」
「今までのやり取りも全て聞いてましたわ。良くってよ。ベルベットちゃんにも来て欲しいし」
「りひちゃま、ごめんね。いま、りひちゃまとあそべないの」
 ベルベットが謝るのへ、ティエリアとソーマが同時に吹き出した。
「……りひちゃまがいいよって。でも、またあそべるから」
「ベルベットはリヒターとも離れていても話せるのかい?」
 ベルベットが心で話せるのはまぁわかる。イノベイターである自分と超兵のアレルヤの娘だ。或る意味サラブレッドだ。
 けれど、リヒターまで……ティエリアは少し驚いていた。ティエリアはリヒターに向かってテレパシーを送った。
 リヒター、これからもベルベットを宜しく頼む――と。リヒターの声で(わかった)と言う意味の言葉が心の中に響いた。

2016.12.18

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