ニールの明日
第百八十一話
『アレルヤ、戦況は?』
「味方は被害0」
『――ここには僕とお前しかいないものな。敵方の被害は?』
「多分三百を超えるかと」
『当たりだ』
面白くもなさそうにティエリアは答える。モニターの向こうで綺麗な形の眉が顰められる。アレルヤも疲れていた。
その時だった。ピンク色のティエレンが来たのは。
「何だ、あれは――」
『ソーマ・ピーリスのティエレンタオツーだ。今までの雑魚とは違うから、気をつけろ』
ティエリアが警告を発する。
「羽付きー!」
銀髪の少女、ソーマ・ピーリスの目が、敵を眼前にした時の憎悪に燃えていた。
「ティエリア、ここは任せてくれないか?」
『え? だが――』
「彼女は――僕の勘が正しければ、マリー……マリー・パーファシーだ」
トレミーでは、スメラギ・李・ノリエガが頭を抱えていた。
「何故……? 何故私達は先回りされてるの? まるで私の考えを読んでいるかのように……」
「スメラギ……」
アニュー・リターナーがやって来た。
「ああ。アニュー……みっともないところ見られてしまったわね。これじゃ何の為の戦術予報士なんだか。――カティ相手でも負けないつもりだったのに……私は彼女に敵わないままなの?」
アニューは思い当たらないことがないでもなかった。
(リヴァイヴ・リバイバル……)
自分に一体となれと迫って来た精神体。もしかしたら自分の考えを読まれているのかもしれない。アニューは背中がぞくっとした。
「スメラギ、ちょっと話があるの」
「どんな話?」
「ちょっとここでは……」
アニューが言い淀んでいると――。
オペレーション・ルームの扉が開いてフェルト・グレイスが入って来た。――ティエリアそっくりの、紫色のセミロングの髪をした幼女を連れて。
しかし、金目銀目のオッドアイはアレルヤに似ている。
「皆さん……」
フェルトが言った。オペレーション・ルームが一瞬にしてざわついた。
「な……何だ? その子は!」
イアン・ヴァスティはかなり泡を食っている。安心させるように妻のリンダが寄り添った。フェルトが続ける。
「ちょっと、皆さんの夜食を用意しようと思ってこの部屋を出て行ったら、この子に会って――」
「何だ? ティエリアの隠し子か?」
「いあんのおじちゃま、かあさまはどこ?」
「知らんよ」
「でも、かあさまのこといった」
「母様とはティエリアのことなの?」
リンダは優しく幼女に訊く。リンダはミレイナの母親なだけあって、小さな娘の扱いには慣れているようだ。
「うん!」
「あなたの名前は何て言うの?」
「べるべっと・あーで。さんさい」
ベルベットが小さな手の指を折り曲げた。
「ティエリアが母様だとしたら、お父さんは?」
リンダがなおも質問する。
「とうさまはあれるやっていうの」
「やっぱり……」
リンダがふぅっと溜息を吐いた。
「あいつら――男同士だと言うのにガキこさえてたのか」
「いあんのおじちゃま、べるのことわすれたの?」
「忘れたっつーか、今が初対面だよ」
「うそ! いあんおじちゃまはいつだってやさしかったもの!」
「ふふ……こんな可愛い娘に好かれて良かったわね」
「いや、本当に何も知らない……」
「とうさまとかあさまはどこ?」
「ん? 今、交戦中よ」
大きなモニターにアレルヤ・ハプティズムの顔が大写しになった。
「とうさま~」
ベルベットは大喜びだ。
「この子はどうするんだ?」
「イアン。この子は私に任せて。遊びに行かせるから。リヒターもいるし」
「わぁい。りんだおねえちゃまだいすき!」
「どうして俺が『おじちゃま』でリンダが『おねえちゃま』なんだ?」
「イアンさん、見た目が老けてるからではないですか?」
リヒテンダール・ツエーリが言う。
「ぐっ…リヒティめ。言ってはならんことを……」
痛いところを突かれて、イアンは悔しそうに呻いた。
「クリスもリヒターといると思うから、一緒に遊べるわね」
「くりす? りひたー?」
「私達のことは知っているのに、クリス達のことは知らないの?」
「しらない」
リンダの言葉にベルベットは首を横に振った。
「きっとすぐに仲良くなれると思うわ――アレルヤ!」
『マリー!』
アレルヤは叫ぶ。ベルベットが沈んだ声でこう言った。
「だめなの……。そのおねえちゃまは……」
「ベルちゃん?」
「とうさまはかあさまのものなの!」
ベルベットが大声を出す。
「まぁ……何だか知らないけど、この部屋から出した方が良くはないか?」
「そうね……あなた」
イアンの提案にリンダも頷く。
「ベルちゃん、お仕事が終わったらミレイナと遊ぶですぅ」
イアンとリンダの愛娘、ミレイナ・ヴァスティが言った。
「うん! みれいなおねえちゃま」
「よしよし。ミレイナのことはわかるみたいだな」
イアンがベルベットの頭を撫でる。
「うん! みれいなおねえちゃまもいあんのおじちゃまもだいすき!」
「そりゃどうも」
「イアン、私達もちょっと外へ出て行っていいかしら」
考え過ぎて気分の悪くなったらしいスメラギを支えながら、アニューは許可を求めた。
「ああ、行っておいで。どうせ戦場では兵士が一番活躍するのだからな。戦術予報士や俺らはサポートすることしか出来ないんだよ。それに――ガンダムマイスターならきっと平気だ」
「あら、あなた。今までスメラギの戦術にどれだけ助けてもらったかわかってないの?」
リンダが怖い声を出す。イアンが慌て出す。――イアンは意外と恐妻家のようだ。
「――俺はただ、スメラギのプレッシャーを取り除こうとしてだな……」
あたふたと説明するイアンに、トレミーのクルー達はどっと笑った。スメラギもほんの少し笑ったような気がする。
2016.9.29
→次へ
目次/HOME