ニールの明日

第百五十四話

 ガンダムの格納庫――。
「パパ!」
「ミレイナ。元気そうだな」
 ミレイナ・ヴァスティがイアンに飛びついた。沙慈・クロスロードは少し羨ましく思った。
(あんな可愛い娘がいたらな――)
 沙慈はまだ若い。ミレイナのような大きな娘がいる年ではない。ルイスとは離れ離れだし他に結婚を考えている相手もいない。やはり、ルイスのことが忘れられない。
「クロスロードさん! ライル・ディランディさん!」
 茶髪を縦ロールにしている可愛いミレイナがイアンから離れこっちを見て嬉しそうに自分達を呼んだ。イアンが慈しむような声で娘に言う。
「手伝ってくれてありがとな。ミレイナ」
「はいですぅ」
「皆、もう帰ったのか?」
「うん!」
 ミレイナは笑顔で言った。とびっきりの笑顔で。イアンでなくてもこんな娘がいたら夢中になってしまうことだろう。
「お疲れ。さぁ、沙慈、ライル、行け」
「わかりました」
 沙慈は自分の顔が緊張で強張るのがわかった。ライルは沙慈の肩に手を置いた。
「そんなに固くなるな。運が逃げて行くぞ」
「でも……ライルさん、戦場は、やはり、怖いです……」
「自分が死ぬのが?」
「――死神になるのが」
 途端にライルが笑い始めた。
「何ですか? 急に」
 流石の沙慈も少しだが気を悪くした。
「やぁ、すまんすまん。俺は少々アンタを見くびってたようだ」
「何のことですか?」
「まぁいい。ちゃっちゃと終わらせてアニューのところに帰りたいぜ」
 沙慈の心がズキンと痛んだ。
 ライルには帰るべき場所がある。では僕は? ルイスはアロウズにいる。
 僕達はアロウズに行く。
(待ってて。ルイス)
 沙慈はルイスのと対になっている指輪に誓った。
「沙慈ー。ライルー」
 聞き覚えのある声がした。ネーナだった。ライルは頭を抱えるポーズをした。
「どうしたの? ライル」
「アンタの声は――頭に響く」
「まっ。可愛らしくて悩殺された?」
 ネーナは相変わらず自分に都合のいい解釈をする。
「済まんが、ネーナは留守番しててくれ。アンタらの機体もそのうち診てやっから」
 イアンが苦笑しながら言った。
「あら残念」
 ネーナは沙慈の手を取った。沙慈は一瞬ドキッとした。
「頑張ってね。沙慈」
 そう言って手を放すと、ネーナは沙慈のパイロットヘルメットにキスをした。
「おい……いちゃついてる場合じゃねぇぞ」
 ライルの声が棘を含んでいる。
「あ、はい」
 沙慈がネーナの傍を通り抜ける。ネーナはひらりと避けた。そして、こう言って手を振った。
「またねー、生きて帰ってくるのよー、沙慈にライルー」
 沙慈がガンダムエクシアに乗り込んだ。沙慈はすっかり落ち着いていた。
「沙慈・クロスロード、ガンダムエクシア、出ます!」

 アロウズのリボンズ・アルマークの室。リボンズが親し気に手を挙げる。
「やぁ、ニール・ディランディ。ご苦労だった。ヒリング」
「どういたしまして。また用があればお申し付けください」
 お辞儀をしてヒリング・ケアは出て行った。
「そこに腰かけてくれ」
 リボンズが着席を勧める。
「どうも」
「新しい紅茶が入ったんだ。それともコーヒーの方がいいかな」
「どっちでも」
「じゃあ、紅茶を」
「さっきのヒリングってヤツ、アンタに似ているな」
「そうだね。僕達は同じだから」
「――は?」
「わからないって顔をしているね。それはおいおい話そうと思う。君が味方になると誓ってくれればね」
「俺にアロウズに入れと?」
「ちょっと違うな。アロウズというより、僕に忠誠を誓って欲しいんだ」
「ご冗談を」
「冗談ではない」
 リボンズが真顔で言った。瞳がきらりと剣呑に光る。
「君はもう――人間ではないのだろう?」
「人間だ」
 ニールは言った。
「人間の心を忘れない限り、俺は人間だ」
「しかし、そんな抽象的なこととは別に、君はイノベイターとして覚醒しかけているだろう?」
 ニールは少しの間黙ってリボンズを見ていた。やがて、隠しても無駄だと思った。
「何故、そう思う」
「何故わかるかって? 僕も――イノベイターだからさ」

 宇宙では、ガンダムエクシアとケルディムガンダムがMSと交戦している。
 エクシア――沙慈は改良してもらったGNソードでアロウズ側のMSを切り裂いていく。パイロット達は次々と脱出していく。MSが爆発する前に。
「やるじゃねぇか。沙慈」
 ヒュー、とライルが口笛を吹いた。沙慈はこのところ一人のパイロットも殺していない。
 ただのお坊ちゃんかと思っていたらなかなかどうしてどうして。イアンだったかラッセだったかが逸材と言っていたのもわかる気がした。
『ライル、ライル、カツヤク、カツヤク』
「わかってるって。ハロ」
 ライルは『目』と『耳』のついた黄色い球体に声をかける。
「狙い撃つぜ……」
 あくまで人は殺さないように。エンジンをぶち抜いて。ライルはまたもMSを撃沈させた。勿論、パイロットが機体を見捨てて逃げ出したことは言うまでもない。
「沙慈、大丈夫か? そっちは」
『ええ』
「こいつら全員、雑魚だな」
『ライルさん、油断はしない方がいいかと』
「お前は堅過ぎるぜ。――おっと、また来た」
 ライルがまたしても狙い撃つ。MSがそれを避けた。
「おっ、少しはやる奴もいるじゃねぇか。でも、俺は狙い撃つ!」
 そのMSから通信が入った。画面の中に金髪をショートボブにした美しい少女が現れた。
『ガンダムエクシア、ケルディムガンダム、私の名前は――』
 ライルが皆までメッセージを聞くことは出来なかった。何故なら、別の画面からライルと連絡を取り合っていた沙慈が驚いた声で叫んだからだ。
「ルイス!」

2015.12.15

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