ニールの明日

第百五十五話

「知り合いか?」
 ライルがモニター越しに沙慈に訊く。
「ええ……」
 沙慈はすぐにルイスに返信を送ったようだ。
「ルイス! 僕だよ! 沙慈・クロスロードだよ!」
「沙慈……沙慈なの?! 何でこんなところにいるの?!」
 ルイスという女は驚いているというより呆れているようだ。――驚きつつ呆れていると言った方が正確だろう。
「僕……訳あってCBのガンダムのパイロットになってそのまま……」
「ガンダム――例え沙慈が相手でもガンダムは殲滅する! 来い! 沙慈・クロスロード!」
 ルイスは眦を釣り上げる。そしてレーザービームを撃ち放った。エクシアがそれを躱す。しかし、攻撃を躱すだけで何もしない。
「おい! 沙慈・クロスロード、迎撃しろ!」
 ライルがコックピットから叫ぶ。
「い……嫌だ……」
「どうした、沙慈。昔の恋人か? でも今は敵だ。攻撃しろ!」
「嫌だ……僕は……」
 沙慈はこう叫んだ。
「僕は、ルイスとは戦いたくないんだぁ!」
 一瞬――。三体のMSが動きを止めた。彼らの時が動きを止めた。しばらくして、夢から覚めたように画面に映っているルイスが呟く。
「沙慈……」――と。
「くそっ! こうなったら俺が狙い撃つぜ!」
 ケルディムガンダムが銃を構えた。ガンダムエクシアがケルディムガンダムとルイスのMSの間に立ちはだかる。
「待って!」
「そこをどけ、沙慈!」
「嫌だ! ルイスは僕が守る!」
「ちぃっ!」
 ガンダムエクシアを撃つ訳にはいかない。ライルが躊躇っていると――。
「もういいわ。沙慈……もういい……」
 モニターの中のルイスの顔から敵意が消えた。普通のどこにでもいる当たり前の女の子の表情になった。
「バイバイ……」
 ライルもその台詞を聞いたような気がした。――沙慈に対する、ルイスの別れの言葉を。ルイスの機体が沙慈のガンダムエクシアから離れようとする。
 そして――閃光。
 ルイスの乗ったMSが爆発した。
「ルイスー!!」
 バラバラになった機体の破片と共に、彼女はパイロットスーツのまま宇宙へ投げ出された。沙慈の乗るガンダムエクシアは彼女の体を受け止めた。
「沙慈、帰還だ」
「え、でも……」
「取り敢えずここは引き返した方がいい。アンタの彼女だろ? 生きてても死んでても――取り敢えずトレミーに帰ろう。……彼女、武器は持ってないな。よし! 行くぞ!」
「――わかりました。ライルさん。ありがとうございます」
「沙慈……礼を言うのは筋違いってもんさ」
 ――二人はプトレマイオス2に帰投した。

「やぁ、ニール・ディランディくん。また会えて嬉しいよ」
 ビリー・カタギリが自分の乗っている椅子を回した。
「かけたまえ」
「どうも……」
 ニールはビリーの勧めるままに椅子に腰をかけた。
「どうぞ。残り物だがドーナツだ。親友には甘過ぎると言われるけどね。――コーヒーもいるかい?」
「いえ……さっき紅茶を飲んできましたから」
「リボンズのところの紅茶か。あれは美味しいね。だが、僕は断固としてコーヒー派だ」
「そうですか……」
 ニールは前に刹那と飲んだモーニングコーヒーのことを思い出していた。
「リボンズが言ってたよ。くれぐれも君に失礼のないようにと――。君、リボンズにいたく気に入られたね」
「――そうなんですか?」
 どこが気に入られたのかよくわからない。
「失礼だが、最後にリボンズに何と言ったんだい? 協力を要請されただろう?」
「はぁ、まぁ……。俺は、『考えさせてください』と答えた」
「リボンズはどうしても君を取り込みたいようだ。人体実験の件はなしだな」
「は? ――人体実験?」
「リボンズの気に入らない返答をしたなら僕に人体実験を依頼するはずだ。――まぁ、そんなことにならなくて僕が一番ほっとしているよ」
「そうか……」
 ニールはビリーの勧めてくれたドーナツを一口、口にした。
「甘い……」
「甘過ぎるかい?」
「正直言って……」
「まぁいい。グラハムにも言われた。このドーナツを甘過ぎると言った僕の親友だよ。美少年に興味を持つ悪いクセを持っている。今んとこ、君の相棒に夢中だな」
 それを聞いてニールは複雑な気持ちになった。
(グラハム・エーカー……)
 確か、以前会った時にはミスター・ブシドーを名乗っていた。
「グラハムは苦手かい?」
「正直言って……」
 ニールはビリーに対してさっきの言葉を繰り返す。
「そうかい。僕はドーナツもグラハムも嫌いじゃないんだが――胃薬は欲しいかな」
 ニールは笑った。ビリーも口元をほんの少し歪ませた。
「ニール、リーサ……いや、今はスメラギ・李・ノリエガだっけな。彼女はどうしてる?」
「表面上は、元気にしてます」
「そうか……なら、いい」
 ビリーがコーヒーを啜った。馥郁たる香りが辺りに広がる。
「まぁ、リボンズに君への拷問を頼まれなくて良かったよ。そんなことをしたら伯父さんに怒られる」
「ホーマー・カタギリか?」
「そう。有名人だからすぐわかるよね」
 アンタも負けず劣らず有名だよ――そうニールは心の中で呟いた。
「なぁ、ビリー。アンタはミス・スメラギを諦めたのかい?」
 ニールはビリーに訪ねた。
「諦める? どういうことだい?」
「俺は――アンタは俺達に対しても怒っているはずだと思っていた。けれど、今はそんな素振りがない」
「僕は逆恨みする気質じゃないもんでね。それに――スメラギ……いや、リーサ・クジョウの心は既にエミリオのものだから……死人に敵うはずはないよね」
「辛い恋をしてるんだな」
「君に同情してもらっても仕様がないね。――君の恋人は生きている。両思いで羨ましいよ。グラハムが妬くのもわかるね」
「あいつには俺の刹那は渡さない」
「だろうね。僕としては親友の恋も応援したいけど、男同士だから茨の道だよね。ああ、本気で胃が痛い」
「コーヒーの飲み過ぎじゃないのか?」
「かもね」
 ビリーは人を逸らさぬ笑みを浮かべる。ビリーはもしかして自分が考えているより懐が深いのではないか。ニールはそう思った。
「ビリー。俺達は充分ここには長居している。ダブルオーライザーを返してくれないか?」
「そういうことはリボンズに言ってくれないと。まぁ、今の時点ではまず無理だろうね」
「わかってる。言ってみただけだ」
 ――リボンズ・アルマークはイノベイターだ。刹那は薄々気付いていたようだったが。
(僕もイノベイターだ)
 リボンズもそう告白した。もやもやした疑問が確信に変わった瞬間だった。
 やはり刹那は間違っていなかった。
 ただ、それをこの目の前の男に言ったものかは――。
「どうしたんだい? ニール」
 ビリーは信頼のおける人物だ。昔から人を見る目はある方だ。多分、間違いはない。スメラギと刹那のお墨付きもある。この男の親友だというグラハムも刹那を狙っていることを除けばそう悪い人間ではないのかもしれない。
 けれど――。
「何でもない」
 ビリーはともかく、下手をうってリボンズを刺激しない方がいいだろう。ただ、これだけは訊いておきたい。
「――ビリー。イノベイターをどう思う?」
「最近増えているね。ただの人間の僕にはわからないけれど。だけど、僕の出会ったイノベイターがいい人達ばかりだったからかな――僕はイノベイターにそう悪い印象は持っていない」
 そうか……それを聞いて安心した。ニールは口に出さずにビリーに答えた。

2015.12.25

→次へ

目次/HOME