ニールの明日

第百五十三話

 話は少し前に遡る――。
「ふぅ……」
 リボンズは小さく息を吐いてソファに寄り掛かる。リジェネがくすくす笑った。
「何だ? ――リジェネ」
「いや、ね。君も溜息を吐くんだなぁって」
「勝手な奴らばかりで困るよ――」
 宇宙一勝手な男はそうぼやいて伸びをした。
「疲れているのかい? マッサージしてあげてもいいけど?」
「君がかい? そんな特技があるなんて知らなかったが」
「まだ慣れないから痛いかもしれないよ」
「いいさ――でも、それは後にするとしよう。その前にマイスター達のことを何とかする」
 リボンズが端末を取り出した。
「ニール・ディランディ、今すぐ僕の部屋に来てくれ。迎えは寄越す」
 こう言ってリボンズは端末を切ってしまった。

「どうした? ニール」
「今、リボンズから連絡が来た。迎えを寄越すから来い、だとさ」
 ニールが刹那に説明した。
「何か悪い予感がする」
「俺もだ。つか、悪い予感しかしねぇな」
「行くのか?」
「――行かざるを得ないだろう。ここはリボンズの縄張りだ。ま、迎えが来るまでのんびりしてるさ」
「相変わらずだな。お前は」
 刹那が呆れたように言った。
「だってさ、今更焦ったって仕様がねぇよ。いや、俺だって早くは帰りたいよ。だが、ダブルオーライザーが返って来ないんじゃなぁ……」
「ニール……リボンズにはダブルオーライザーを返す気はないぞ。少なくともただではな」
「ニキータちゃんもここに居着くようだし、俺ら何の為にここにいるのかな」
「お前は――イノベイターとして覚醒しようとしている。或いは、もう既にしているようだ……」
「それで?」
「研究材料としてはうってつけなんじゃないか」
「――俺は生きているうちは人間でいたかったぜ。まぁ、でも、刹那とは心で話せるし、シャーロットちゃんとは仲良くできたし、悪いことばかりではないな」
「ニール……」
 刹那は胸の前で拳をぎゅっと握りしめた。
「お前の明るさは俺にはないものだ」
「ありがとよ」
 ニールは刹那の唇を盗んだ。
「あー! ニールおにいちゃんとせつなおにいちゃんがキスしてる!」
 きゃー!と、シャーロットが声を上げた。この姦しさも慣れると結構尾面白い。
「シャーロット、俺は刹那とはしばらく会えないかもしれないんだ。これぐらい勘弁してくれよ」
「いいわよ。たくさんキスしても。だって、こいびとどうしのやくそくでしょう?」
「ははっ、敵わないな。お前には」
 ニールはシャーロットを抱き上げ、くるくると回った。
「きゃー、きゃー。もっとやって、もっとやって!」
「シャーロット――元気でな」
「なにしんみりしてるの? ニールおにいちゃん。ニールおにいちゃんをこまらせるひとはこのシャーロットがやっつけてやるんだから!」
「しんみりなんて言葉、よく知ってるな」
「だって、ほんでよんだもの。あたし、ほんよむのすきなの。べんきょうもすきよ」
「俺は勉強は嫌いだったなぁ……それでも一生懸命やったからライルよりは成績は良かったけどな」
「ニールおにいちゃんも好きよ」
「ありがとう。シャーロット」
 ニールは苦笑混じりに答えた。このシャーロットとももう会えないかもしれない――そんな予感がニールを捉えた。
(ニール、悲観しなくていい)
(刹那……)
(お前が大変な時は、俺が――助ける)
(お前にも感謝だな。――でも、ここは俺に任せて欲しい)
 ニールはそうテレパシーで伝えて刹那を見ると、刹那はこくんと頷いた。
(さすが、マイスターのリーダーだけのことはあるな。お前は)
(おいおい、俺はリーダーになんかなった覚えはないぜ)
 確かに最年長だし、視野もこの中では一番広い方だが――その意味では確かにリーダー格かもしれないが。
「ニール、俺達はいつもお前の存在に助けられている。今は、これまでよりずっと」
「刹那……」
「ニール、お前が生きていてくれて良かった」
 刹那が真顔で言ってくれた。ワインレッドの瞳が眩しい。これがニールの愛する存在だ。
 これでいい。ニールには明日がある。それは刹那や、アレルヤやティエリア、CBの仲間達――自分と縁のあった者と共に築く未来だ。
 ――扉が開いた。ニールはそっちの方を向いて。
「わっ!」
 と、驚いた。
「り……リボンズ? じゃないな」
「こんにちは、ニール・ディランディ。リボンズ・アルマークの命によりお迎えに上がりました」
 柔らかそうな若草色の髪。中性的な外見。だが、リボンズより女性的ではある。言葉は丁寧だが、何となくその底に悪意が見え隠れしているような気がする。
(リボンズとは違うタイプだが何を考えているか読めなさそうなヤツだな――)
 それがニールが抱いた第一印象だった。
「ああ、お初にお目にかかります。ヒリング・ケアです」
 まるで、私は丁寧な言葉を使えるんですよ、こう見えても――ともふざけて振る舞っているような、そんな悪戯っぽさが垣間見えた。
 ヒリングが手を差し出したので、ニールもその手を握り返す。ヒリングの手は思ったより温かかった。
「それでは参りましょうか。宜しいですか? ニール・ディランディ」
「ああ」
 もう、覚悟はとっくに出来ている。ニールは答えた。
 ヒリングは一瞬拍子抜けしたような顔を見せたが、やがて真顔に戻った。
 ニールもヒリングの後をついて部屋を出た。扉が閉まる。
(ニール、アレルヤとティエリアにこのこと報告していいか? ライルにもだ)
 刹那の声が脳内で聞こえる。
(このことって、俺がリボンズにとっ捕まったってことか)
 ニールが刹那に心の中で質問すると、やや沈黙があった後、
(――そうだ)
 と、答えが返って来た。アレルヤとティエリアはわかるが、ライルには――。
(ライルは――巻き込みたくない)
 あれでも可愛い弟なのだ。しかも双子の。それに、今では唯一の生き残った血の繋がりのある家族だ。
(――それはもう手遅れかもしれない)
 まぁ、考えてみればそうか。ニールは思い直した。
 ライルはカタロンの一員だし、CBにも多大な貢献をしている。ケルディムガンダムのパイロットでもあることだし――。
(あいつももう子供じゃないから、俺が心配しなくても大丈夫かな)
(ニール、ライルはお前が心配していると知ったら悪い気はしないと思う)
(サンキュー、刹那)
 刹那はニールが言って欲しいことをいつも言ってくれる。例えば、こういう大事な場面の時に。冗談で逆らうこともあるが。
 ありがとう、刹那。
 ニールは心の底で繰り返した。刹那からの返事はない。だが、それでいいと思った。

 刹那はニールがいなくなった後、端末を取り出してライルにメールを送った。できるだけ当たり障りのないと刹那が思える言葉で。
『ニールがリボンズに呼ばれた。俺達はまだ足止めを食らう羽目になるかもしれない』

2015.12.5

→次へ

目次/HOME