ニールの明日
第百五十六話
「ハレヴィ准尉の機が……!」
アロウズ側のオペレーターが叫ぶ。カティ・マネキンはモニターで爆発するルイス・ハレヴィの機を見ていた。
「――自爆か」
カティは苛々しながら呟いた。
――どうしてそんなことを……准尉……。
彼女は手袋に包まれた指を見つめた。手袋がなかったら間違いなく爪を噛んでいたことだろう。
「あ……」
「今度は何だ!」
カティが鋭く訊く。
「ガンダムエクシアとケルディムガンダムが……ルイス・ハレヴィ准尉を……」
「何?!」
ガンダムエクシアがルイス・ハレヴィを優しく受け止めた。
「…………」
カティはそれを見ていた。
「ガンダムエクシア、ケルディムガンダムが去って行きます。後を追いますか?」
「――待て」
カティはしばらく考えを巡らせていたが、やがて言った。
「――帰投しよう」
「え? でも、ハレヴィ准尉は……死んでるかもしれないんですよ」
「このメンバーではガンダムらに敵うかどうかわからない。ガンダムを鹵獲することもできない。刹那・F・セイエイ、ニール・ディランディ、アレルヤ・ハプティズム、ティエリア・アーデ……この四人のガンダムマイスターの身柄はアロウズにある。――ハレヴィ准尉の身柄がCBに渡っても、相手側も彼女に手出しはできない。彼女が生きていても殺すことはできない。そんなことをしたら一大スキャンダルだ」
「それは希望的観測では……」
「かもしれない。だが私はルイス・ハレヴィ准尉の運の強さを信じる」
済まない。ルイス。今はお前を見捨てる……!
カティの心は決まっていた。ルイスの死体を回収しないことも彼女に対する裏切りだと感じていた。もし、ルイスが死んでいる場合にはだが。
深追いして他のメンバーを危機に晒すこともしたくない。無駄な戦いは避けたい。アロウズとCBとは現在、王留美とグレンの結婚式で友好ムードの中にある。いつひっくり返るかわからないが。――カティは自分の仕事はガンダム二機を追い払うことだと考えた。
今は、ルイス・ハレヴィの運を信じる。
いたではないか。カティの身辺にも、とてつもなく運の強い兵士が。パトリック・コーラサワー。通称、不死身のコーラサワー。
あの男の場合は悪運に近いかもしれないが。
カティはガンダム二機に通信を送らせた。
ソレスタル・ビーイング。私はあなた方を信じる。
これしかないのだとカティは心の中で呟く。CBに借りを作るのは些か悔しいが。
「総員、退避!」
「ルイス……」
沙慈・クロスロードはガンダムエクシアを駆りながら、ルイスの姿をモニターから眺めていた。
「絶対助けるからね……」
「――敵さん、追って来ねぇな」
ライル・ディランディが呟く。
「願ったりだよ」
沙慈が答える。
「アロウズ側から通信が入ってる。なになに? 『ソレスタル・ビーイング、私はあなた方を信じる』――ルイスのことか」
「言われなくともルイスのことは助けるさ」
「そうだな」
ライルが頷いた。
沙慈達が帰ると、ミレイナが出迎えてくれた。沙慈がルイスの体を抱いている。――ルイスは生きている。
良かった……。
ルイスの生存を確かめた時、沙慈は安堵した。ルイスの体温が伝わってくるような気がする。
「クロスロードさん、その方は?」
ミレイナが訊く。沙慈は少し逡巡した後、言った。
「僕の……恋人です」
「えーっ! 名前は何て言うんですか?!」
「ルイス・ハレヴィ」
「ハレヴィさんですか。とても綺麗な方ですぅ」
ルイスは今はヘルメットをしていない。沙慈は少し得意になった。
「お帰りなさい。ライル、沙慈さん」
アニュー・リターナーも来てくれた。
「アニュー、カプセルを用意してくれ」
ライルの頼みにアニューは、
「わかったわ」
と、ルイスのことを引き受けた。ライルはさっきのアロウズ側の通信に返信を送った。
『ルイス・ハレヴィは生きている。しばらくこちらで休養してもらう』――と。
沙慈は熱心に祈る。ルイスを助けてください。神様でも何でもいいですから、と。
ビリーと一緒だったニールの脳量子波が乱れた。
「どうしたんだい? ニール」
「いや……」
誰かの必死な祈りが聴こえたような気がした。それは誰だったのか。
(俺の力じゃまだ刹那の声しかはっきり捉えられないな――)
自分のいない間に何か起こったのか――ニールはライルにトレミーの様子を尋ねてみようと思った。
「ビリー、少しいいか? 気になることがあるんでな」
「ああ、いいとも。――リボンズには内緒かい?」
「そうした方がいいかもしれない」
尤も、秘密にしても無駄かもしれないが。リボンズにはニールと刹那の会話ですら筒抜けかもしれない。けれど、ニールは確かめてみたかった。トレミーの乗務員は全員無事か――。
「あ、リボンズからだ」
ビリーがモニターをつける。リボンズ・アルマークの顔が大写しになった。
「ニール、我々アロウズの兵士、ルイス・ハレヴィがCBに捕まった――いや、こういうべきかな。カティ・マネキン大佐がCBにルイスを託した」
「ルイス?」
ニールは思わず聞きとがめた。
「有能な女兵士さ。彼女を失うのは我々にとっても痛い」
「――俺は何をすればいいのでしょう」
「察しが早いな。今、それを検討しているところだ。もしかしたら――ルイスの身柄と引き換えにダブルオーライザーを君達に返すことになるかもしれない」
――今更?
ニールは首を傾げた。あんなにダブルオーライザーを返すことを渋っていたのに。
「ニール、ルイス・ハレヴィは沙慈・クロスロードの恋人だ」
リボンズが言った。話が見えて来ないがつまりどちらに転んでもアロウズが優位に立つように計らうのだろう。リボンズ・アルマークという男は。
「ルイス……」
沙慈はさぞかし心配だろうな、とニールは思う。ニールだって恋人が捕まったら心配どころでは済まない。すぐに助けに行くだろう。
それにしても――リボンズは何を考えているのか。一介の兵士の為にダブルオーライザーを手放すと言う。そんなにアロウズにとって大切なのだろうか。ルイス・ハレヴィという女は。
(胡散臭いな)
(――だな)
刹那の声が聴こえる。
(お前もそう思うか。刹那。――どうすればいい?)
(訊いてみればいい)
素直に話してくれるかどうかわからなかったが、取り敢えずやってみようとニールは思った。
「何故、ルイスを助けたい?」
「あの女はアロウズの大切な実験台だ」
リボンズは非情な言葉を紡いだ。
「てめぇっ……!」
頭にかっと血が昇ってモニターに殴りかかろうとするニールをビリーが止めた。
「ニール、そんなことをしても無駄だ!」
2016.1.4
→次へ
目次/HOME