ニールの明日

第百五十七話

 ニールはビリーに腕を掴まれて後ろに倒れた。
「わぁっ!」
 ビリーが悲鳴を上げた。ニール起き上がる。
「――と、悪い。大丈夫か? ビリー」
「何とか。でも、ひ弱な科学者に肉弾戦はこたえるよ」
「悪い」
 もう一度ビリーに謝ってから、ニールはリボンズに向き直る。
「リボンズ! ルイスが実験台とはどういう意味だ!」
「言葉通りの意味だよ。――ビリー、ダブルオーライザーの研究はまとまったか?」
「は、それが……やはり未知の因子があって……」
「使えないヤツだ」
 リボンズは言い捨てた。
「まぁいい。ルイス・ハレヴィ准尉の替えはたくさんある。ダブル・オーライザーと交換する値打ちはないかもしれないな」
「てめぇ……!」
 ニールが拳を握る。
「こちらはこちらで考えることがたくさんある。また連絡する」
「あっ、おい……!」
 画面が真っ黒になった。
「リボンズはね……仕様がないよね」
 ビリーがこぼした。
「あいつ――あいつを放っておいていいのか?!」
「――君が怒るのもわかるよ。もう少し血の気が多かったら僕もモニターに詰め寄っていたところだ」
 つまり、俺は血の気が多いと言いたいのか――ニールは思った。
(なぁ、刹那――ビリーは仲間にできないかな)
 ニールは脳量子波を刹那に送った。
(……どうだろうな。話の持って行き方によってはそうなれるかもしれない。でも、覚えているだろうが、ビリーはスメラギ・李・ノリエガに失恋している。――俺達のせいだ)
(――だな)
「どうしたんだい? 急に黙りこんじゃって。僕の答えはお気に召さなかったかい?」
 ビリーが訊く。
「あ、いや、そういうわけでは……」
「はい、ドーナツでも食べて落ち着いて。本当はコーヒーも淹れられるといいんだが」
「ああ、ありがと……」
「君には甘過ぎるかもしれないけど……グラハムは僕が糖尿になるんじゃないかと心配してたよ」
「へぇ……」
 友人の心配をするなんて、グラハムも結構いいヤツだな、とニールは思った。確かにカリスマ性はあるし、グラハムも好きな人には長所を見せるのかもしれない。彼とは刹那を争って敵対ばかりしていたが――。
「ビリー、グラハムをどう思う?」
「いい人間さ。男色家のところを除けばね。安心していい。君や僕みたいなのはタイプではないらしい。刹那・F・セイエイみたいな美少年がお好みだ」
「刹那もいい大人だ」
「――そうか。もっと気をつけなければね。彼は成長してぐんと色っぽくなった」
 ビリーにも気をつけた方がいいかな、とニールは考えたが、それはビリーに対して失礼だと思い、口には出さなかった。
「安心したまえ。君もいい男だ、ニール・ディランディ。刹那・F・セイエイと似合いの一対さ」
 そう言ってビリーがウィンクをした。
 ビリー……。
 ホーマーカタギリの、ちょっと茶目っけもあるに違いない甥っ子。
 彼は好きだな、とニールは思った。
 ――それよりもルイスのことだ。
「ルイスは……CBで面倒見るよ。また、その方がいいと思う」
「――だね。僕は使えないヤツかもしれないが、ダブルオーライザーのGN粒子の一端はわかったつもりだよ。GN粒子には治癒能力がある」
「へぇ……」
 やっぱり――とニールは思った。
「だから、君の右目も治ったんだよ。ニール」
「あはは……ライルと見分けつくかな」
「伊達眼帯でもしていたまえ。後――GN粒子は人間をイノベイターにする力がある」
「――何だって?」
「君もイノベイターになりかけているんじゃないかと僕は踏んでる」
「そうだな。実は――」
 ニールはきょろきょろと辺りを見回したが、リボンズがイノベイターなら内緒にしても無駄だと感じる。それでも一応小声で話す。
「――俺と刹那は脳量子波で会話ができる」
「なるほど」
 ビリーの台詞には満足そうな響きがこもっていた。
「僕の仮説がまたひとつ証明されたという訳だ。それで?」
「リボンズは俺達の会話を聞いてるんじゃないだろうか。脳量子波で」
「そうだね。有り得ないことじゃない。残念ながら僕は脳量子波で話せないけど。君達は嫌いじゃないよ。刹那にニール」
「ありがとう」
(俺も礼を言っていると伝えてくれ。ニール)
 刹那の声が飛んで来た。
「刹那も――ありがとうだって」
「……やれやれ。直接声が聴こえればな。僕は人間としてそう不満はないが、時々君達が羨ましくなるよ」
「ルイスが実験台ってどういうことかな。彼女をイノベイターにでもするつもりだろうか」
「そんな実験なら僕が真っ先になってみたいね。イノベイターである自分を体験してみたい」
「好奇心はトラブルの元だぜ。ビリー・カタギリ殿」
「まぁね。ところが科学者ってヤツは好奇心の塊でね」
「……カールとかいう男もか」
「カール・リーガンもそうだね。尤も、あっちはサド気質も入ってるけど」
「自分がそうでないと断言できるのかい?」
「できないね。僕は人間としての倫理と人間の道を外れた実験なら後者を選ぶ人間だからね」
「それにしては俺を実験台に使おうとしないじゃないか」
「僕は君達が好きだからね。それに、僕はまだ真っ当な人間でいたい気持ちもあるんだ」
「是非真っ当な人間でいてくれ。俺達の為に――」
「ああ。リボンズの元ではそれもなかなか難しいかもしれないが。でも、リボンズに感謝したいところもある」
「それは?」
 ニールが訊いた。
「リボンズ・アルマーク機構の責任者をカールからセリ・オールドマン氏に変えたことさ」
「ああ――」
 ニールが息を吐くついでに頷いた。
「そうだな……その部分についちゃ、英断を認めてやってもいい」
 それに、リボンズは自分をイノベイターだと言っていたから、イノベイターには仲間意識を持っているのかもしれない。
 リボンズは酷い男だが、その分、人を惹きつける奇妙な魅力がある。死んだアレハンドロ・コーナーもマスコミに取材される際、いつもリボンズと一緒にいたが、彼のことを好きだったのかもしれない。
(まぁ、それでも俺は刹那の方がいいかな――)
(呼んだか?)
 ――刹那の声だ。
(まぁね。どんなことがあっても、俺はリボンズよりお前を選ぶぜ)
(――わかっている)
 刹那の声には笑みが混じっているような気がした。刹那もきっと笑っているだろう。ビリーが立ち上がった。
「――さてと、リボンズが連絡をくれるまで我々にはすることがない。それとも、リボンズ・アルマーク機構に帰るかね?」
「事態がこうなった以上、どこにいてもおんなじさ」
「だね。じゃあ、インスタントコーヒーで乾杯と行こうか」

 リボンズ・アルマークの室に客が入る。王留美とグレンだ。
「リボンズ・アルマーク――どんなご用件で私達をお呼びしましたの?」

2016.1.14

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