ニールの明日

第百五十八話

「よく来たね。君達」
 リボンズ・アルマークが微笑みながら自分の部屋のソファに王留美とグレンを座らせる。
「俺達は忙しいんだ。早く願えるかな」
「まぁまぁ、グレン。紅茶でもどうだい。リジェネ、紅茶だ」
 ティエリアに似ているリジェネと呼ばれた青年が顔をしかめた。
「何で僕なのさ。メイドの役目でしょ?」
「君の淹れた紅茶の方が美味しい。それにメイドにも休みを与えないと可哀想だ」
「――ったくもう」
 と言いつつ、リジェネは満更でもなさそうだった。取り敢えず彼は奥へと引っ込む。
「ルイス・ハレヴィ准尉のことは知ってるかい?」
「大体は聞き及んでおりますわ」
 スメラギ・李・ノリエガが教えてくれたのだ。しかし、王留美はそこまで言わなくてもいいと判断した。
「ハレヴィ准尉を返して頂きたい」
「嫌です」
 王留美は即座に断った。隣りにいたグレンは少し驚いたようだった。
「留美、ハレヴィ准尉はそんなに大物なのか?」
「さあ。でも、エクシア――沙慈が助けたんだから、CBのものですわ」
「まぁ、ハレヴィ准尉は預けておくことにする。ダブルオーライザーを返してもいい。――僕の条件を飲めばね」
「怖いこと。貴方はいつでも怖いことをお考えですわ」
「それは君も同じだろう? 王留美」
「違う! 留美はただの女だ!」
 グレンが立ち上がった。
「そうだね、グレン。君の前ではただの女だろうね」
「で、条件とは何ですの?」
 グレンを腰かけさせると王留美は訊いた。稀代の梟雄、リボンズ・アルマークの出す条件だ。身構えるなという方が無理だ。
「そうだね――刹那・F・セイエイ、ニール・ディランディ、アレルヤ・ハプティズム、ティエリア・アーデ……この四人をアロウズに譲ってくれないかい? 特に、刹那とニールを」
「刹那とニール……」
「いいかい?」
「少し考えさせてください」
「いいとも。――相談するなら左隣の部屋を使ってくれ。脳量子波も遮断できる」
「お気遣いどうも。行きましょう。グレン」
「あ、ああ――だが、ニキータのことは……」
「ニキータ。そういえば条件の中には入ってませんでしたわね。あの子はどうなの? 無事なの?」
「無事さ」
「カタロンに連れて行きたいんだけど?」
「ニキータは帰りたがらないだろうさ。今はアリーに夢中だ」
「アリー?」
 グレンが怪訝そうな声を出す。ニキータにとっては確かアロウズは敵だったず。それにアリーとは……。グレンはニキータがアリーから自分をかばってくれたことを忘れてはいなかった。
「ああ。あの二人は現在恋人同士だ。そして――」
 リボンズはアルカイックスマイルをその眉目秀麗な顔に貼りつけた。
「あの二人は実の親子だ」
「な……!」
 グレンは絶句した。王留美は「やはり……」と言ってリボンズを睨んだ。
「おや? 王留美は二人の関係に気付いていたのかい?」
 リボンズが揶揄するように言う。
「親子であることくらいは……でも、恋人になってたとは……」
「という訳だから、ニキータのことは心配しなくてもいい。元気でやってる」
「ちょっと待て! 彼らは親娘なんだろう?!」
「私もその二人の仲は少し祝福できかねるかと……」
「いいじゃないか。アリーも娘にメロメロだ」
「――……関係はあるんですの?」
「さてね。彼らにもプライバシーはあるからね」
 リボンズは悪役の如くふふふふ、と笑った。彼は面白がっている。ニキータとアリーのことも。何か起こったらすぐさまその事実を利用しようとすることだろう。アリーとニキータの迷惑も考えないで。
 リジェネが戻ってきた。
「あのー、お茶……」
「くそっ!」
 グレンが大声で叫ぶ。リジェネは驚きでお盆を落とした。
「な……な……せっかく僕の淹れたお茶……」
「それどころじゃない! 留美、ついて来い! 隣の部屋行くぞ!」
「え、ええ――」
 グレンの剣幕に押されて留美は目を丸くしたものの、言う通りに従おうとする。
「リボンズ――」
「ああ、彼らはいいんだ。済まないね。リジェネ……」
 その後の話は留美には聞こえなかった。グレンが目的地を間違えそうになったので、「こっちですわ」と留美が誘導する。留美が振り向くとグレンは怒りを堪えるように唇を噛んでいた。

「畜生! 畜生!」
 グレンが壁を叩いた。
「俺のせいだ! 俺の……」
「グレン……」
 留美には何故グレンが自分を責めているのかわかる気がする。グレンは己がニキータをみすみすアリーに渡したことに対して憤っているのだ。今更どうなるものでもないのだが。
 それに、ニキータにだって選択の余地があった筈。無理矢理手籠めにされたのでなければ。リボンズの話によれば二人は相思相愛だ。リボンズの言うことだからそのまま信じることはできないが。
 それより、王留美はグレンがニキータの心配をしていることが面白くなかった。
 グレンの気を逸らすには……。
「ねぇ、グレン」
 王留美は甘い声で夫を呼んだ。
「何だ。留美」
 若い狼のような剥き出しの感情を見ることができて留美は痺れそうになった。でも、今はそれどころではない。
「ルイス・ハレヴィのことを考えないと――ダブルオーライザーやガンダムマイスターのことも」
「――どうするか君はもう決めているのか?!」
「ええ。グレン。私はリボンズの提案をお受けしようと思います」
「何、だって……? 君はリボンズに加担するのか?」
 グレンが驚愕に目を見開きのろのろと言った。王留美は真剣である。
「そうではありません。私はルイスを救いたいのです。リボンズはきっと彼女にも悪影響を及ぼしますわ。CBの皆は……私が信頼している者ばかりですし、ルイスもそこなら安全かと」
「君が信じている者達ならば大丈夫だろうが……」
 グレンは少し気持ちが落ち着いたらしかった。
「そこでならニキータとアリーの犯した――か、犯そうとしている罪を真似ることができるヤツもいないだろうからな」
「私には何故近親相姦が問題なのかよくわかりませんけど……」
 王留美が言った。
「不幸な関係ですわね。どんなに想い合っても報われない。子供ができたら今度はその子供のことを心配しないといけない。遺伝的に問題がないかどうか――」
「留美!」
 グレンは王留美の肩を勢い良く掴んだ。
「問題はそれなんだよ! もしニキータがアリーによってもし妊娠でもしたら――それは俺の咎だ」
 王留美も近親相姦で生まれた子供達を知っている。それは大抵が不幸な子供である。一見幸せそうに見えても、一生懸命秘密にしている子供もいる。――親のエゴで生まれた子もいる。
「涙をお拭きくださいませ。グレン。まだ彼らの間に関係があるとわかった訳ではないでしょう?」
 けれど、あのアリーのことだ。手を出している可能性はある。それに王留美達はまだ確証を得ていないが、あの親娘の間には肉体関係も確かにあるのだ。
 王留美はお気に入りのレースのハンカチをグレンに差し出す。王留美の肩を掴んでいた手を離したグレンはそれで涙を拭く。
「済まん……」
 王留美は謝ることないのに、と思った。私はもう貴方の妻ですのよ。謝ることないことでまで謝られると、貴方が遠くに感じてしまいますわ。
「ルイス・ハレヴィは……アロウズにいては駄目になると思いますの。あのリボンズが暗躍している組織ですもの。私は――あの四人なら何とかして逃げ出すと思いますわ」
 あの四人――刹那達ガンダムマイスターのことだ。信じているからこそ、今は敢えて見捨てる。それは、王留美は知る由もなかったがカティ・マネキンの選択に似ていた。

2016.1.24

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