ニールの明日

第百五十九話

「――ねぇ、グレン。私を酷い女だとお思いでしょうね」
 グレンの涙が止まった後、王留美が言った。
「いや、そんなことはない……あいつらならきっと何とかしてくれる。刹那とは長い付き合いとは言えんが、ニールも刹那も本物の漢だ」
 グレンが答えた。
「でも、刹那達は仲間なのに……」
「わかってる。どうしようもないこともある」
「グレン……」
 グレンは王留美を引き寄せ、キスをした。
「俺は――お前に従う」
「グレン、そんな……でも……私だって間違うことがあるかもしれませんわよ」
「――リボンズのところへ戻ろう。もう結果は出た」
「……そうですわね」
 グレンと王留美は結論をリボンズ・アルマークに述べた。
 ルイス・ハレヴィの身柄はCBで預かること。ダブルオーライザーを返してもらうこと。その代わり、ガンダムマイスターの身柄はアロウズに引き渡すこと。
「ところで、ダブル・オーライザーの操縦は誰がしていたんだい?」
 一応という形であろう。リボンズが訊いた。
「今まで刹那・F・セイエイとニール・ディランディが操縦しておりましたが」
「こちらにも優れた操縦士がいる。ダブルオーライザーを運ぶだけなら彼らにもできるだろう。護衛も勿論つける」
「用意周到ですわね。リボンズ」
「敵に出会った時の戦いは護衛の機に任せてくれたまえ」
 王留美が頷く。満足にダブルオーライザーを操縦できるのは刹那とニールしかいないと王留美は思う。
「お任せいたしますわ」

 リボンズの居室を出ると、王留美は端末でイアン・ヴァスティを呼び出した。
「よぉ、お嬢様。何か御用で」
 イアンは元気そうだった。
「――イアン、ダブルオーライザーが返ってきますわよ」
「……ほう……それは良かった。ニール達も帰ってくるんだな」
「いいえ。彼らは……アロウズに置いて行きます」
「何だと……」
 イアンは目を瞠った。
「ごめんなさい。イアン……」
「いや……だが……ミレイナが心配するな」
「ガンダムマイスターの四人はアロウズに引き渡します」
 と、王留美。
「む。お嬢様にも考えがあるんだろうな」
「そんなものありません。彼らを信頼するだけです」
「ほう……変わったな。王留美」
「え?」
「前は他人なんぞ信頼しなかっただろう。例え言葉の上だけでも。グレンのおかげか、ええ?」
「そう……ですわね……」
 イアンもわかってくれたのだ。信頼するが故の裏切り。
「お嬢様も早く帰って来てくれ。仕事が山ほどあるんだろ?」
「ええ、紅龍やグレンと一緒に」
 そういえば、紅龍は王留美の後継者になる予定だった。しかし――この話はもっと考えないといけない。確かにリボンズの言う通り、紅龍より王留美の方がCBの当主に向いているのだ。
(お兄様にも帝王学を叩きこまないといけませんわね)
 それとも、グレンと共にCBを束ねてみようか――それは王留美にとって魅力的な考えに思えた。勿論、グレンと一緒に砂漠で暮らすというのも捨て難いが。
「取り敢えず、近々帰りますわ」
 と、王留美は言って通信を切った。

 プトレマイオス2の艦内――。イアンも今通信を切ったところだ。
「パパ」
 通信を切った時、ミレイナとかち合った。
「誰かと話してたんですかぁ? パパ」
「王留美とだよ。ミレイナ」
 イアンの表情が柔らかいものになる。ミレイナは可愛い娘だ。イアンもつい相好を崩してしまう。
「アーデさん達はまだ帰って来ないのですか?」
「ちょっと訳があってね――でも、すぐに帰ってくるよ」
 イアンは細かい事情は伏せた。
(刹那、ニール、アレルヤ、ティエリア――俺もお前らを信じる)
 イアンは端末をしまう。そして訊いた。
「ところで、沙慈は?」
「ルイス・ハレヴィさんのところにいるですぅ」
「わかった。俺も行こう」
 イアンとミレイナは手を繋いで目的地に向かった。

「ルイス……」
 沙慈・クロスロードは医療カプセルで寝ているルイス・ハレヴィの寝顔を見ていた。
「沙慈」
 綺麗なソプラノの声がした。アニュー・リターナーだ。傍にはライル・ディランディもいる。
「ルイスはまだ目覚めませんね」
「ええ……」
「やめろよ。沙慈。ルイスが目覚めないのはアニューのせいじゃないだろ?」
 ライルの鋭い声が飛ぶ。
「そ、そんなつもりで言った訳じゃ……」
「わかってるわ。それは」
「……悪かったよ。ちょっと苛々してたんだ。兄さん達がいつ帰って来るかわからないし」
 ライルがガリガリと頭を掻いた。
「髪が乱れるわ。ライル。せっかく綺麗な髪なのに」
「――そうだな。ありがとう、アニュー」
 ライルとアニューはほんわかとした空気を生む。それで沙慈も人心地つくことができた。ライルやアニューにも幸せになって欲しいと思う。
 そして、ルイスにも――。
(ルイス――早く目を覚ましてくれ)
 沙慈はカプセル越しにルイスにキスをした。ルイスの顔に生気が吹き込まれたような気がした。
「沙慈、本当にルイスさんが好きなのね」
「ええ」
 アニューと沙慈が話しているとイアンとミレイナが入って来た。
「沙慈、ルイスはアロウズに帰らなくて良くなったぞ。ずっとここにいられるそうだ」
「……ほんとに?」
「ああ、本当だ」
「聞いたかい? ルイス! 君はもう戦わなくていいんだ!」
「そうなればいいがね。代償も大きいし」
「……パパ、何か隠してるですぅ」
 ミレイナが疑わし気な視線を父イアンに寄越して言う。
「いや――あいつらなら無事だよ。いずれ無事で帰ってくるさ」
「……刹那達に……何かあったんですか?」
 沙慈は変事を感じ取り、イアンに向かって質問する。イアンは「あー」とか「うー」とか言っていたが、ミレイナと沙慈の二対の瞳に見つめられて降参したらしい。
「ガンダムマイスター四人はな……アロウズに身柄を拘束されている。……隠すつもりじゃなかったんだが」
「パパ、どういうことなんですか?! ハプティズムさんやアーデさんまで、アロウズに捕まったんですか?!」
 ミレイナに詰め寄られ、イアンは仕方なさそうに首肯した。

2016.2.17

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