ニールの明日

第百五話

 七面鳥、コンソメスープ、フランスパン、生ハムとメロン、ドレッシングのかかったたっぷりのサラダ、牛肉の炭火焼、プレーンオムレツ――。
 アレルヤの手ずからの料理がテーブルに所狭しと並ぶ。
「すごいな……金は大丈夫か?」
 ニールは感心するというより呆れていた。
「ちゃんと材料費ぐらいの給料は出てるよ」
 アレルヤが微笑む。
「いつ材料買って来たんだ?」
「ん。ニール。君は気付かなかったかい?」
「悪いが気付かなかった。ずっと談話室にいたからな。――途中で寝てたし。起きている間はずっと刹那、お前のことを考えていたよ」
「ニール……」
「いっそオレにも任務があれば気が紛れると思ってたんだが」
 ニールと刹那は二人の世界を作っていた。ティエリアが軽く咳払いをした。そして、彼は言った。
「刹那は朝日を見て泣いていたぞ」
「へぇー、それはまた、どうして。ニル・アドミラリのポーカーフェイスの刹那、お前が」
「お前のことを……思い出していたからだ」
 刹那が小声で言った。
「泣くほど?」
 刹那はこくんと頷いた。
「刹那!」
 ニールはぎゅっと刹那を再び抱き締めた。
「好きだ……言葉では言い表せないくらい、大好きだ!」
 ――それは、ティエリアと朝日を見ながら、刹那が心の中で言っていた言葉だった。勿論、刹那はそうは言わない。だから、ニールは知る由もない。
「俺も、好きだ」
 刹那はそれしか言わない。だが、ニールにとってはそれで充分だった。二人の心は満たされているから。二人の心は繋がっているから。
「ライルは?」
 二人の世界のニールと刹那を放っといて、ティエリアはアレルヤに言った。
「――遠慮するとさ」
「あの男にしては控えめなものだな」
「ただ単にラブラブな僕達を見たくなかっただけだったりして。他に仕事もあったようだしね」
「そうか……」
 ティエリアは席に着いて言う。
「食べよう。話はそれからだ」
「ああ、そうそう。ネーナが参加したがってたけど、ヨハンがそれを止めた」と、アレルヤ。
「ふーん……」
「彼女、『ティエリアやニール達ばかり狡い』と言っていたよ。――他の人達も気を遣って僕達だけにしておいてくれた」
「そうか……それは有難い」
 ティエリアが、ふふ、と含み笑いをした。
「――ニール、刹那、食べないかい?」
「勿論食べる! 刹那も食べるよな!」
「――ああ」
 ニールと刹那も椅子に座る。ニールはオムレツから先にやっつけた。アレルヤはにこにこ。
「いつ見ても食べっぷりが見事だね、ニール。作り甲斐があるよ」
「どうも」
「それにしても――ドレス脱いじゃったんだね。ティエリア」
 アレルヤは話をティエリアに振る。
「あんな鬱陶しいもの、ずっと着ていられるか!」
「残念。よく似合ってたのに」
「ふん」
 ティエリアはクラッカーでサワークリームを掬って食べた。
(やはり、旨いな、アレルヤの手料理は――)
 美味しいものは皆で分かち合うべきだよな。俺達だけのパーティーもいいけれど。ニールがそう思っていると――。
「これ、俺達だけで食べるのは勿体ないな」
 ぽつん、と刹那が呟いた。ニールは隣の刹那の癖っ毛をぽんぽんと叩いた。
「オレもそう思っていたところだ」
「優しいな、ニール」
「刹那こそ――」
「こんなに美味しい手料理を食べることができるなんて、昔では考えられなかったことなんだ。石膏などを食って空腹をしのいでいたことがあるからな」
「刹那――」
 刹那の壮絶な過去を思いやって、ニールは溜息を吐いた。人間として当たり前の生活を送って来なかったんだ、刹那は。
 尤も、それはニールも同じ事情だったが、衣食住にはこだわった。自分が快適でいる為に。今は、自分だけが快適だって仕方がない。仲間にも快適でいて欲しい。そう思った。
「なぁ、アレルヤ――皆にもご馳走、振る舞わねぇか?」
 と、ニール。
「言うと思った。皆の分も用意してあるよ」
「いつの間に――」
「もう温めるだけになってる。食堂へ持っていくよ」
「僕も手伝う」
「君はいいよ。ティエリア」
「手伝わせてくれ――君の助けになりたい。ガンダムマイスターとしても、プライヴェートでも」
「じゃあ、軽いの持ってくれよ」
「ああ、わかった」
「それより、それはこの料理を食べ終わってからにしよう。――七面鳥はいるかい?」
「貰おう。僕が切る」
「いいよ、ティエリア。僕が君達にご馳走したいんだからね」
 ティエリアはアレルヤが器用に切り分けた七面鳥を食べた。ニールと刹那も。
 刹那は炭火焼をしげしげと見つめていた。
「どうした? 刹那」
 ニールが訊くと、
「いや、どうしてこんなに美味しいのかなって……」
 との答えが返ってきた。可愛いその返事に、ニールは刹那の頭をかいぐりかいぐりしてやった。
「皆がいるからに決まっているからだろう」
「トレミーの乗組員全員じゃない……」
「そうだな。でも、俺達は特に結びつきが濃い仲間だ。そうだろう?」
 刹那は、口角を上げて、笑った。ニールには、双子の弟ライルよりも刹那の方が愛しく感じる。ライルとは長い間離れていたからでもあるのだろうか。
 でも、刹那のことを気に掛けていた時間の方が多かった気がする。それでもニールも忙しい身だ。前は刹那のことばかり考えているわけではなかったが、再び刹那に会ってからは彼のことを考える時間が大幅に増えた。
「勿論、アレルヤの腕もあるけどな」
「はは、いたみいります。ニール」
 アレルヤは冗談めかして会釈する。
「晩にも食べるよ。今度は皆と一緒に」
「――楽しみだ」
 そう言った刹那の声はニールにしかわからないくらいではあるが、弾んでいた。心なしかニールに対して横を向いたままの表情まで柔和に見えた。

「姉さん……ルイス……」
 沙慈・クロスロードがベッドに腰掛けて、絹江・クロスロードとルイス・ハレヴィに想いを馳せていた。
 その時、ノックが鳴った。
「沙慈。俺だ。刹那だ」
「ああ、待って。鍵開けるから――」
 シュン、と扉がスライドした。刹那が現れた。
「刹那――」
 沙慈は、自分が何となくほっとするのを感じた。いいニュースだろうか。悪いニュースだろうか。どっちにしても、冷静に受け止められそうだ――沙慈はそう感じた。
「早速用件に入る。――沙慈。俺はルイス・ハレヴィに会った」

2014.8.3

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