ニールの明日

第百話

 ニールと刹那の搭乗したダブルオーライザーはトレミーにたどり着いた。
「刹那、俺の部屋に来ないか?」
 刹那はちょっと渋りながらもついてきた。刹那といいことはしたいが、その前にちょっとマックスと話したいことがあった。
 ゲイリー・ビアッジのことである。確か、絹江・クロスロードを襲ったというのも彼ではなかったか。
 マックスは、ゲイリー・ビアッジの正体、アリー・アル・サーシェスが、クルジスとアザディスタンを焚きつけたと聞いた時、彼の写真を見てさもありなんと納得していたように思う。
 だが――絹江・クロスロードの事件については、はっきりしないようだった。
 ニールは、端末でマックスと連絡を取った。
「マックス。おそらく、絹江・クロスロードを襲ったのは、ゲイリー・ビアッジ、つまり、アリー・アル・サーシェスだ」
「ああ。前に絹江の話をした時ビアッジの話もしたな。ビアッジがそんなことをしたなんてあの時は認めたくはなかったんだが。彼は貴重な酒飲み友達だったしな。けれど、彼には今思えば何しでかすかわからないところもあったかもしれない。証拠はないが」
 そういえば、ゲイリー・ビアッジという男が絹江・クロスロードを襲ったという説があるとの話題が上った時、マックスは未確認情報だと言い、それ以上特に肯定も否定もしなかったことをニールは思い出す。
「証拠がなくても、俺は、あいつだと思う」
「待ってください。ニール。不用意に掘り返すのは危険だと思う。絹江の安全のこともあるし」
「――絹江に会いたいな。くそ!」
「沙慈に訊いてみればいいのでは。尤も、それで絹江に会えるかどうかわからないけれど」
「そうだな。ありがとう。マックス」
「ニールさん」
「何だ?」
「ゲイリー・ビアッジがどんな極悪人であろうと――私にとっては友達であるのには変わりはない」
「その友情を踏みにじるヤツかもしれんぜ、あいつは」
「わかっています。けれど、どうせ私の周囲はそんな人達ばかりだ」
「悪い友達に囲まれてるなぁ。アンタ、お人良し過ぎるぜ」
「性分なんです。それに、彼らも私とそう変わりはないんです。罪人という点においては。いや、人殺しの機械オートマトンを作っていたという点においては、彼らより始末が悪いかもしれない」
「罪人か……アンタ、ジョシュアと似たことを言うな」
 ジョシュア・エドワーズ――ニール達とはかけがえのない友となったクリスチャンの男。洗礼は受けたのかどうかわからないが。聖書を大事に持っていた男。
「取り敢えず、マックス、アンタはこれからは友達選んだ方がいいぜ」
「心得ておきます」
 マックスが微笑んだ。
「ビアッジは……いずれ撒いた種を刈り取らなければいけないでしょうが、あなた達と衝突しないことを祈っています」
「そいつは無理だろうな。俺もあいつものっぴきならないところへ来ている。なぁ、刹那」
 ニールは傍にいた刹那に語りかける。刹那は黙って頷いた。
「では、一番いい方法で決着がつくことを願っています」
「それなら、いい」
 ニールはマックスとの通信を切った。
「刹那――どう思う?」
「マックスがクラウスの元に行って良かったと思う。あの手のタイプは利用されやすい」
「――まぁな。それよりも刹那……」
 ニールは刹那の唇を塞ぐ。
「あんな話の後で――よく盛ることができるな」
「そういう男なんだよ、俺は」
「……仕方がない」
 そう、こんな俺のような男に惚れられた刹那には、「仕方がない」というしかないであろう。ニールは思った。
 ニールは刹那の小さな尻を鷲掴む。
 キスをして服を脱がせて、刹那の中に押し入ったニールは、そこからじわじわと快感の波が押し寄せて来るのを味わった。
 何度目かの精を放った後――二人は気持ちが良過ぎてそのまま眠ってしまった。

 同時期――。
 そんなことは知らない沙慈・クロスロードもい寝がての夜を過ごしていた。
「姉さん……」
 ベッドの中で、沙慈は姉絹江のことを思い出していた。
 茶色のセミロングの髪、意志の強い瞳。自慢の姉だった。
 それが、あんなことになるなんて――。
 絹江は今、病院の一室で眠っていることだろう。誰だか知らないが、男に襲われた絹江はショックで少しおかしくなってしまった。
(それでも――姉さんは生きていたんだから……)
 滾る怒りを沙慈は鎮めようとした。
 姉さん、俺が、必ず助ける――!
 そして、昔の強気な姉さんを取り戻すんだ。沙慈は弟として心に誓った。

 どんな人間にも時は流れ、朝は必ずやってくる。明けない夜はないのだ。
「ふぁ~あ」
 ニールは食堂にやってきた。刹那と一緒に。ニールはそこで大きな欠伸をする。爽快だった。
「いい気なもんだな」
 隣の刹那が呟いた。
「あれ? 悪いことばかりじゃなかったろ? 最後は刹那だって――」
 そう言ってニールはにやにや笑う。刹那はふんと鼻を鳴らした。
「あ、おはようございます。ニールさん、刹那」
 沙慈・クロスロードが声をかけた。
「おはよう」
 沙慈は赤い目をしている。
「どうした? 沙慈」
「兎の目になってるぞー」
 刹那とニールが口々に言った。
「ああ、すみません。よく眠れなくて」
「そっか、俺達は運動して疲れてぐっすり眠ったがな。――いてっ!」
 刹那がニールの向う脛を蹴った。
「でも、ちょっと眠いな……」
 それに痛いし……。ニールが刹那に蹴られたところを撫でた。沙慈が言った。
「朝は誰でも眠いものです。朝食の用意ができたようですよ、一緒に食べましょう」

「おい、ニール、刹那」
 ティエリアがニール達の席にやってきた。ついでのように、
「おはよう、沙慈」
 と沙慈にも挨拶をして。
「――どうした。ティエリア。険しい顔して。美人が台無しだぞ」
「王留美が来ている」
「へぇ、お嬢様がね」
 こんなところに来るよりも、中東に行った方がグレンも喜ぶしお嬢様も幸せだろうに――ニールは思いながら、何だろうと席を立った。続いて、刹那も。
「僕は行かなくてもいいんですか?」
「ああ。沙慈。君はいいらしい」
 ティエリアが手を振った。
「何だろうな」
「――さぁな」
「どうも悪い予感しかしないのだが……」
 ティエリアが小声で言う。そして、それは間もなく当たることとなる……。

 ティエリアはノックをしてから、
「ティエリア・アーデです。入ります」
 と言った。中からは王留美の澄んだ声が、
「どうぞ」
 と答えた。ドアを開けるとアレルヤも来ていた。彼が言った。
「何だい? ニール、刹那。君らも呼ばれたのか。僕もさっきティエリアに呼び出されたところだよ。僕の方が一足早かったね」

2014.6.7

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