ニールの明日

第八十四話

「よぉ、ニール、刹那。オーライザーの搭乗テストに合格したなんて、やったな!」
 ラッセは大声で笑いながら、ニールをどついた。
「――てぇ、馬鹿力!」
「ははは!」
 ニールは勿論、怒る気になれなかった。
「後は実践だろ? いいなぁ。俺も一度ガンダムに乗りたいぜ」
「ラッセ、今までサポート、感謝する」
 刹那が頭を下げた。
「何だよ……水臭いな」
 ラッセは少し背が伸びた刹那のおさまりの悪い黒髪をくしゃりと撫でた。
「ああ。そうだな。これからもよろしく頼む」
 刹那の花のかんばせに優雅な笑みが花開く。あの無表情だった少年がこんなに人を惹きつける笑みをするようになったことにニールは驚いていた。
(全く――閉じ込めて鍵かけてしまいたくなりそうだぜ)
 そして、刹那から笑みを奪ったテロ組織を改めて憎んだ。
「ニール、おまえも」
 刹那は手を差し出した。ニールはがっとその手を取った。
 空調が気持ちいい。灼熱の砂漠に慣れていたニールにも快適だったが、些か物足りなかった。
(どうしているかな。グレン、ダシル、モレノさん――ジョシュア)
 あの太陽がかんかんと照り付ける砂漠で――ニールは常ならぬ体験をしたのだった。それは勿論、刹那も同様だろう。
 ニールと刹那はあの時の話をすることがある。それは、彼らの仲を深めるのに役立った。
(また、刹那と一緒に戦うことができるなんて夢みたいだ)
 何度も何度も思ったことだった。しかも、今度はガンダムを超えるガンダム、オーライザーに乗って。
 ラッセには悪いが、ニールはやはり、自分達は特別な者、と得意になっていた。
「ご飯ですよー」
 リヒティが言った。ラッセ、ニール、刹那はどたどたと食堂に集まった。
 アレルヤとティエリアが向かい合わせに座っていた。アレルヤがニール達に気が付くと、
「やぁ」
 と、向こうから挨拶をした。
「よぉ、ここいいか?」
「どうぞ」
「あ、でも、ティエリアにとっては邪魔か?」
「いや、そんなことはない」
「じゃ、お邪魔させてもらおうかな」
「――済まない、アレルヤ、ティエリア」
 ニールはアレルヤ、刹那はティエリアの隣に座った。
「おっ、こふきいもがあるぞ。――今日の飯は格別旨いな」
「リンダとアニューが作ったらしい。僕の舌にも合う」
 ティエリアは上品にご飯を口に入れている。
「そういや、アニューは料理上手だって、イアンのおやっさんが言ってたな」
 全く、ライルは俺と同じくらい女を見る目があるぜ、とニールは思った。なんたって、ライルはアニューに恋してるんだからな。
 ――尤も、刹那は女じゃないが。ただ、刹那が女でも、ニールは惚れたであろう。それどころか、刹那が女なら、全然苦労はしなかったであろう。女は抱けば落ちる。今までの女は皆そうだった。
 刹那が女なら――。
 やはり口説き落とすのに骨は折れたであろう。刹那は強情だから……。けれど、刹那が男だろうが女だろうが、今は関係ない。
 ニールは刹那の存在やたましいそのものを愛しているのだから。
「アレルヤ。元気そうで良かったな」
 物思いから覚めたニールが、戦友に声をかけた。
「皆のおかげだよ。ありがとう」
「特に、ティエリアのおかげだろ?」
「――そ、そんな……」
 アレルヤは空気をかき混ぜて慌てる。
「つまらないことを言うな。ニール・ディランディ」
「つまんないとはなんだ、ティエリア。アレルヤにラブラブなくせに」
「なっ……誰が」
 アレルヤがくすくすと笑う。ティエリアのツンデレは相変わらずらしい。
 けれど……一番アレルヤの無事を喜んでいるのはティエリアだ。ニールにはティエリアの気持ちがわかる。何故なら――
(俺達は運命によって恋人と引き離されていたのだから――)
 それに、アレルヤの恋人、ティエリアも男だ。男同士だからこそ難しかったこともたくさんある。
 後でアレルヤと酒でも酌み交わそうとニールは決めていた。そして、勿論、刹那とも。
 ティエリアは酒を飲むだろうか。――確か飲んだことがあったな。ニールは記憶を手繰り寄せる。ティエリアはどんなに飲んでも顔色ひとつ変えなかった。
 まぁ、酒よりもアレルヤの手料理の方が美味だが――今日の料理はアレルヤの手料理と比べても勝るとも劣らない。
 ああ、ライル。アニューと幸せになれよ。
 デザートのアイスクリームにニールは舌鼓を打つ。
「今日の料理は旨かったな」
 口元を拭きながらティエリアが言う。
「そうだね。僕も参考になりそうな味付けがいっぱいあったよ」
「――アレルヤと同じくらい旨かったな」
「そんな……これを作った人は僕より上手いよ」
「アレルヤ・ハプティズム。謙遜はしなくていい」
「ティエリア……」
 ――二人の視界には、ニールや刹那の存在は入っていないようだった。
 ご馳走さん。
 ニールと刹那は席を立った。
「ニール、部屋に来てくれ」
「ええっ?! でもまだ時間は早いぜ。それでもいいというなら俺は――」
「馬鹿。勘違いするな。相談したいことがあるんだ」
「相談?」
「――ああ」
 空調のきいたひんやりした部屋に行くと、刹那はベッドに座った。ニールは腕を組みながら、
「で? 相談とは?」
 と訊いた。
「今日――俺の頭の中を誰かの思念が走った」
「は?」
「アレルヤに感じが似ていたが、少し違った。おまえが止めなかったら、俺は――もっとあの思念を追いかけていた」
「待て。おまえはいつも誰かの思念をキャッチしたりしてるのか?」
「特別な場合だけだ。おまえの思念もあまり捉えることができなかったし」
「なぁんだ。俺の思っていることが筒抜けなら、俺、刹那に殺されかねないからなぁ……」
 ニールが茶色のあっち向いたりこっち向いたりしている癖っ毛の巻き毛を掻き上げた。
「殺されるようなことを、思っているのか?」
「冗談、冗談」
 ニールは焦った。そして、訊いた。
「アレルヤには確か――二人目の人格がいるって聞いたことがあるような……」
 刹那は頷いた。
「そうなんだ。アレルヤに、詳しい話を訊こうと思う」
「喋るかな」
「さぁな――だが、訊いてみて損はないだろう」
 ニールと刹那はそのことについてしばらく話し合っていた。そのうち興が乗ってきてあっちの話題からそっちの議題へと話が飛び移る。気が付くと夜も更けていた。ニールと刹那はアレルヤ達の部屋に向かった。ニールは酒瓶を携えて。
(まさか、こんな早く望みが叶うとは――な)
 刹那の言葉が気になったが、ニールにだって酒盛りを楽しみに思う権利がある。
 ティエリアもいるかな。ティエリアがいたら、彼とも飲みたい。
 ニールが扉を開ける。――アレルヤとティエリアが抱き合ってキスをしていた。

2013.12.8

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