ニールの明日

第八十六話

「――僕とハレルヤは一心同体だった」
 アレルヤは語り始めた。
「ハレルヤがいなかったら、今の僕はなかっただろう。あいつは、凶暴で、残忍で――誰も彼をいい人だという人はいなかっただろう。けど……」
 アレルヤは大きな片手で顔を覆った。刹那やティエリアを安心させる、大きな力強い手だ。
「あいつは、悪い奴じゃないんだ。――少なくとも、僕は、そう信じてる」
「もしかしたら何かが起こりつつあるのかな。それで、ハレルヤはアレルヤまで巻き込みたくないと――?」
 刹那が口を挟んだ。
「そう――そうだよね。うん。ハレルヤならやりそうなことだ」
「そんじゃ、刹那のことは巻き込んでもいいってわけか」
 ニールが怖い声で凄む。アレルヤがしゅんとなった。
「ニール……意地の悪いことを言うもんではない」
 刹那に無表情で言われ、今度はニールがしゅんとなる番であった。
「――いや、ハレルヤならそう考えるかもしれない。僕のプロファイリングから」
 意外なところから助けの手が出た。ティエリアだ。
「ティエリア、君はハレルヤのことをよく知らないだろう!」
 アレルヤが激昂する。悲痛な声だった。
「確かにアレルヤ。君程には知らないさ。けれど、僕にはヴェーダという強い味方がいた」
「ヴェーダが何でもかんでも知ってるもんか!」
「知っている――昔の僕はそう思っていた。けれど、ヴェーダにも知らないことがある。例えば、人に向かう人の想いとか」
 ティエリアはアレルヤを見つめた。そして、ひゅうと息を吐いた。
「確かに僕も何も知らないも同然だな。悪かった。アレルヤ」
「ティエリア……」
 アレルヤは感極まって上ずった声を出す。そして、手をティエリアの方に差しのべた。ティエリアはその手を取った。
「僕は人間を研究中だ。アレルヤ」
「そんで、ハレルヤという奴はどうなったんだ?」
 痺れを切らしたニールが質問した。
「戦いで……僕が意識を失って……アロウズに捕まったと思ったら既にいなかった」
「アロウズ……」
 ティエリアの眼鏡の奥の赤い瞳が赫怒に燃えた。ティエリアは、アレルヤ以上にアロウズを敵視していた。アレルヤ自身より、アレルヤのことを心配していたかもしれない。
 刹那もだ。刹那も、アレルヤを助ける為の願掛けとして、ニールと寝ることを拒んだのだ。ニールは涙を飲んだが、刹那の気持ちもわからないではなかった。それに、ニールは刹那に世界一愛されているという確信がある。
 アレルヤがソレスタルビーイング、そしてガンダムマイスターに及ぼす影響は大きい。
 その上、ハレルヤなんて者もいる。
(アレルヤ――おまえは意外と食わせモンかもしれないぜ。俺は構わない。俺は死んだも同然だ。だが、アレルヤだろうがハレルヤだろうが、刹那を手にかけたら、俺は――アンタと刺し違える覚悟はできている)
 ――ヤメロ。
 頭の中で声がした。
(死ぬなーっ! ロックオーン!)
 刹那の声だ。どうして今まで忘れてたのだろう。
「ティエリア、俺も死にたい……」
 今より若い刹那の頬をティエリアはパンと強くはたいた。刹那はぐらついた。
「甘ったれたことを言ってるんじゃない! 君にはロックオン・ストラトスの仇を打つという使命があるはずだ」
 刹那の自殺願望を止めたのは、ティエリア……?
「尤も、僕も人のことは言えないけれどな……」
 そう言って、ティエリアは刹那に背を向けた。
 これは、何だ? 俺の知らないところで起きた出来事か? なら、いつの話だ?
 ああ、それよりも……。刹那。おまえを抱き締めたい。
「あ……」
 頭の中の若い刹那が声を上げた。
「ロックオン……?」
 誰だ? この映像を見せているのは。もしかして――。
「ハレルヤ?」
(違うね。俺は――手助けをしたまでさ)
 手助け?
(刹那がどんなにアンタのことを思っていたか……それを伝えたくて、刹那の頭ん中から記憶を二三、掘り起こしてみたぜ。今のところ、俺はおまえらに手を出すつもりはねぇ。アレルヤと敵対するつもりでなければな。それに、今のおまえさん達に敵う奴らなんて、誰もいねぇよ)
「――ハレルヤが喋ってる」
「……何て?」
「刹那が……どんなに俺のことを思っていたか、だって」
「そうだよ。君達二人に敵う者なんて、いやしないよ」
「ハレルヤもそう言ってた。アレルヤ、やっぱりおまえら、似た者同士だな」
「同一人物なもんでね」
「僕も……そうなりたかった。ヴェーダと同じくらい、いや、ヴェーダ以上に君のことを――愛してる」
 ティエリアの告白に、アレルヤはティエリアの背を抱いて激しい接吻をした。
 もう、刹那のこともニールのことも、彼らには眼中にないらしい。
「アレルヤ……ニール達が……見てる……」
 しかし、野獣と化したアレルヤはそれを意に介しはしなかった。
「――部屋行くか? 刹那」
「そうだな」
「おい、ティエリア。――酒は二人で飲んでくれ。アレルヤは控えめにな」
 ニールは手土産の酒瓶を置いて行った。
 アレルヤには多量の飲酒という悪癖があるかどうかわからないが、いつだったか、スメラギと二十歳の時に酒を酌み交わしたという話を聞いた。ハレルヤは――結構飲みそうだ。イメージだが。
 ティエリアは喘いでいる。もう彼もニールの言葉など聞いていないかのようであった。
 扉を後にしたニールが刹那に言った。
「俺は、明日のティエリアの腰が心配だな。ちゃんと立てるかな」
「あいつもやわではない。明日の朝にはけろりとしているさ。――勿論、俺もな」
「何だそれ、誘ってんのかい?」
「俺もおかしな気分になってる」
「俺もだぜ――」
 部屋の前でキスをしたニールと刹那は、自分達のねぐらに入って行った。ニールは逸る気持ちを抑え、丁寧に愛撫をし、刹那と共に天国の快楽を求め、味わっていた。

 ――同じ頃、ライルとアニューが美味なる巫山の夢に遊んでいた。

「よぉ、兄さん」
「ライル……」
「すっきりした顔してんなぁ」
「そっちこそ」
「いやいや。良かったぜぇ、アニューは。あんないい女を、俺は知らなかった」
「そりゃ良かったな」
「兄さんも満足そうな顔してる。この間はあんなに冴えない顔してたのに」
「まぁな。俺の欲求不満も収まったし。でも、刹那が近くにいるのに抱けなかった時は蛇の生殺しだったぜ。その分南の島でヤリまくったけど」
「そっか。兄さん、幸せなんだな」
「おう。いいことづくめだぜ。アレルヤも帰ってきたし。やっぱりアレルヤも仲間だもんな。あ、そうそう。ミス・スメラギも戻ってきたしな」
「仲間か。俺は……俺の仲間はカタロンの奴らだ」
「ガンダムマイスター達もなかなかいい奴らだぜ。ちょっと癖はあるけどな」
「ニール……」
 恨みがましい声が聴こえた。跳ねた癖のある黒髪にワインレッドの瞳、焼けた肌に整った顔立ち。今が盛りの匂い立つ美青年、刹那であった。それでも、憔悴している為、魅力は半減しているが。
「おまえ……相変わらずだな……おかげで腰が痛い……」
 ティエリアも俺も明日になったらけろりとしている。そうニールに言って誘惑した癖に、やっぱり腰に来てるみたいだな。ニールはくすりと笑った。刹那の存在そのものが誘惑の果実だ。
「おはよう、刹那。せっかくの美青年が『腰が痛い』だなんて、老人みたいだな。ほら、あいつらの元気を見習え」
 ライルが親指で差した先には、ティエリアとアレルヤが「君は激し過ぎる!」「君が挑発したのがいけない!」と痴話喧嘩をしている。呆れながらニールが言った。
「おい刹那、ああなりたいか?」
「――嫌だ」

2013.12.29

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