ニールの明日

~間奏曲8~または第八十七話

 パーン! パパパーン! クラッカーが部屋で鳴る。
「ハッピーニューイヤー!」
 トレミーのクルー達がはしゃぎ祝っている。ぽんっとシャンパンの栓が飛んだ。
「刹那ー」
 赤毛のネーナ・トリニティが刹那・F・セイエイ――ワインレッドの瞳と黒い髪を持っている刹那に飛びついた。
「新年おめでと」
 そして、刹那にキスをする。
「「あーっ!!」」
 刹那の恋人ニール・ディランディとネーナの兄ミハエルが同時に叫んだ。――ニールは刹那をネーナから引き離した。
「何すんだっ! 俺の恋人に!」
 ニールの台詞に、ネーナはこう答えた。
「だってぇ。大昔のアメリカでは新年に気に入った異性にキスしていいという風習があったのよ♪」
「じゃあ、これは消毒」
 ニールも刹那の唇にキスをした。
「ひっどーい!」
「ネーナ!」
 ミハエルも妹の唇を奪った。
「きゃー、ミハ兄にキスされちゃったっ! ヨハン兄消毒してぇ~」
「し……消毒?!」
 ミハエルはショックを受けたらしかった。
「はい。沙慈にもちゅっ」
 ヨハンとキスした後、ネーナは沙慈・クロスロードに口づけをした。沙慈は慌てている様子だった。恋人がいたようだが、美少女ネーナには弱いところが、大人しそうな顔をして沙慈も男だというところだろうか。
「ティエリア、僕達も」
 と、緑がかった濃い色の髪のアレルヤ・ハプティズム。
「わかっている。恥ずかしいヤツだな……」
 言いながら、このクルーでは一番の美人と評判の、菫色の髪の毛と眼鏡の奥のルビー色の瞳が特徴的なティエリア・アーデが答えた。
 ティエリアが軽いキスをすると、アレルヤが、がっちりとティエリアの体を捉え、長いキスをした。大胆な奴らだなぁと、ニールは自分のことを棚に上げながら目を瞠る。
「わー」
 それを茶色のくるくる巻き毛のミレイナ・ヴァスティがこっそり見ている。
 ピンク色の髪のフェルト・グレイスが壁際に立っていたのをニールは認めた。ラッセ・アイオンがその横に座っている。
 彼女の元にクリスティナ・シエラがやってくる。淡い茶色の髪と大きいたれ目の美女だった。夫のリヒティ――リヒテンダール・ツェーリと息子のリヒターも一緒だ。
「ねぇ、フェルト」
「――何?」
「リヒターにキスしてあげて」
「うん」
 フェルトが頬を染めたのをニールは見逃さなかった。リヒターが母によってフェルトに差し出される。まだ赤ちゃんの域を出ないリヒターだが、確実に健康に育っていた。二人の親のいいところを受け継いでいる。
 ちゅっ。
 フェルトはリヒターの柔らかそうな唇に軽くキスをしてあげた。
「ありがとう」リヒティは礼を言った。
「よかったね、リヒター。パパとママ以外のファーストキスがこんな別嬪さんで」
「そんな……」
 フェルトは照れている。リヒターがきゃっきゃと嬉しそうな声を上げる。
「わー、私もするですぅ」
「はい、ミレイナお姉ちゃんにも」
 ちゅっ。
「はい、ラッセにも」
 ところが、そこでリヒターは突然泣き出した。
「何だぁ? こんなガキの時から野郎とのキスは嫌だっていうのか。生意気な」
 そう言ってラッセは笑った。
「ごめん、ラッセ」
「女好きはリヒティに似たのよね」
「俺はクリス一筋だからな!」
「冗談よ。それに私、リヒティにそんな甲斐性があるとは思わないもん」
「クリス~……」
「ははは、リヒティはすっかりクリスに尻に敷かれているな」と、ニール。
「お飲み物をどうぞ」
 アニュー・リターナー、薄菫色の綺麗な流れる髪を持つ、ライルの恋人。
「ありがとう」
「アニュー」
 ニールから離れた彼女をライルが呼び止めて、ちゅっと唇を盗んだ。
「皆さん、ラブラブですぅ」
 ミレイナは上機嫌だ。
「リンダ、俺達も」
 イアン・ヴァスティが妻のリンダ・ヴァスティにリップ音を立ててキスをした。
「わー。パパとママもラブラブですぅ」
「わはははは。羨ましいだろう。でも、ミレイナも美人だから、大きくなったら素敵な恋人ができるぞ」
「そんなこと言って。あのね、ミレイナ。イアンたらね、『ミレイナをその辺の男と結婚させることは許さない!』なんて言ってるのよ」
 リンダがくすくす笑いながら言った。
「おいおい。そんなことバラすなって……」
 イアンも笑っている。
「おい、刹那」
 ニールはこん、と刹那の頭を小突いた。
「俺、ちょっと行ってくるわ」
「――ああ」
「自分の操は自分で守れよ」
 そう言って、軽くキスをした。
 ニールが向かったのは――スメラギ・李・ノリエガの部屋である。
 こういうお祭り事にスメラギが混ざらないのは稀である。いつもならノリノリで参加する彼女なのに。
「ミス・スメラギ」
「あ、ニール」
 ちょっと乱れた髪が色っぽいスメラギ。今まで飲んでいたのだろうか。
「ハッピーニューイヤー」
 そう言って、ニールはスメラギの額に唇をさりげなく押し当てた。
「刹那には内緒な。――俺、刹那命だから」
 ニールは人差し指を唇に宛てがった。
「うん。わかってる」
 スメラギが溜息を吐いた。
「――昔は新年にはエミリオがキスしてくれたけどね……」
 エミリオというのはスメラギの恋人である。もう戦死してしまったが。
 ビリーとも別れなくてはならなくなってしまったし……スメラギは胸の大きい美女だが、男運は案外悪いのかもしれない。
「もうちょっと待ってね。もう少ししたら、私も行くから――」
「じゃ、お先に失礼してもいいかな」
「ええ。――ありがとう。ニール」
「スメラギ……」
 刹那がいなかったら、惚れてたかもな――そうニールは考える。その刹那は、今はニールの帰りを待っている――はずだ。
「そろそろお嬢様が来る頃だな」
 王留美は、トレミー……プトレマイオス2のクルー達が所属しているソレスタルビーイングのトップである。彼女にも、会いたい恋人がいる。
 今年もいい年であることをニールは願った。特に、刹那と己にとっても。
 ハロが、『オメデトウ、オメデトウ』と喋っていた。
 ――この、宇宙の片隅で。

2014.1.14

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