ニールの明日

第八十一話

「変だな……フェルト」
 フェルトが姿を消した後、刹那が首を傾げた。ニールが訊く。
「フェルトの何が変なんだ?」
「いつもより……言葉が丁寧な気がした」
「それは……俺やミレイナに気を遣ってんだろ」
「ミレイナ、グレイスさんに気を遣ってもらわなくてもいいですぅ」
「うん。俺もだ」
「何故ニールにまで敬語使ってんだ?」
 と、刹那。
「ライルと混同してんじゃないかな。俺とライルは眼帯以外は瓜二つだからな。でも、フェルトも気の毒だな」
「何が」
「ライルはアニューにホの字だぜ」
「……そうだな」
「グレイスさんはディランディさん達よりもっといい男に出会えますぅ」
「何だとぅ? おい、ミレイナ。俺だっていい男だろうが。な、刹那」
「…………」
「何で黙ってんだよ! おいっ!」
 ニールが叫ぶと、刹那がチェシャー猫のようににやりと笑った。
「あっ、笑って誤魔化す気だな!」
「刹那さんの笑顔、素敵ですぅ」
「やべ……ライバルがまた増えた」
「心配いりませんですぅ。ミレイナは、お二人の恋を応援してますぅ」
「応援してくれてありがとうというところかね。おい、刹那、おまえはどう思う?」
 刹那は黙っている。ニールは刹那の返答を待った。だが、刹那の意識はどこかへ飛んでいるようだ。――さっきまでとは様子が違う。ニールは嫌な予感がした。
「刹那!」
 ニールが怒鳴る。相手は、はっとなった。
「あ……ああ、済まない。ぼーっとしていた」
「しっかりしてくれよ。それとも、昨日寝不足だったからか?」
「馬鹿」
「ディランディさん――えと、ニールさんて呼んでいいですか?」
 ミレイナが赤くなりながらニールに許可を求めた。
「え? ああ。好きに呼んでくれて構わねぇぜ」
「ニールさん、談話室に行くですぅ。刹那さんも」
「あ……ああ」
 ミレイナは先に立って談話室へと向かう。勿論、ニールと刹那も談話室の場所は知っていたが、敢えてミレイナの後について行った。
 談話室の扉を叩いて、ミレイナが扉を開ける。
「ただいまですぅ。あ、まだヨハンさん来てないですか?」
 ソファに誰か座っている。茶色の後ろ頭だ。その人物が立ち上がって振り返る。
「やぁ」
 優しい、というより些か気の弱そうな声。
「沙慈!」
「沙慈・クロスロード!」
 ニールと刹那は殆ど同時に声を上げた。二人に名前を呼ばれた男は照れくさそうに頬を掻いた。
 沙慈・クロスロード。昔、刹那の住んでいたマンションの隣の部屋に住んでいた男である。
「久しぶりだなぁ、沙慈」
「あ、あの……どちら様で……」
 ニールの馴れ馴れしさに沙慈は戸惑っている。
「ニール・ディランディだ。沙慈。またの名をロックオン・ストラトス」
 刹那が説明した。
「ロックオン……あなたが……」
「おい、何か俺、忘れられてたみたいだぜ」
「仕方ないだろう。一度か二度くらいしか会ったことないんだから」
「そっか。俺は一度見た人の顔は覚えているがな。ちなみに刹那のような美少年なら一生覚えてる」
「は、はぁ……」
 沙慈はニールと刹那を見比べた。
「――ルイスはどうしてる? 沙慈・クロスロード」
「沙慈でいいよ。刹那。ルイスとは……連絡が取れない」
「そうか……我儘なところが可愛い娘ではあったが……」
 刹那――ルイスという娘とはどんな関係だったんだ? そう訊きたかったが、訊けなかった。
「心配しなくていい。ニール。彼女とは何でもない。俺はあの娘に嫌われていた」
 驚いた。刹那が言い訳をした。
「刹那、おまえってエスパーだったんだな」
「何を馬鹿なことを……おまえは嫉妬深いし、顔に出るからすぐわかる」
 ニールは苦笑した。そうか――俺はそんなに嫉妬深いか。でも、それも刹那。おまえが相手だからだぜ。
「ルイスは……ガンダムに攻撃され……腕を失った……」
 ニールはその事実を今まで知らなかった。ルイスという娘のことも知らなかった。
「犯人は――ネーナ・トリニティだった。僕は……僕は……」
「沙慈。犯人がトリニティの女だとわかっているなら、何でそいつの兄に協力する」
 刹那がきつい声で言う。
「操られてたんだ! トリニティ兄妹も! ネーナは自分の意志でルイス達を攻撃したらしいが……そのこともヨハンは謝っていた。そして、自分達ができることなら償いたい、と――」
「それで、信じたのか?」
「仕方なかったんだ!」
 だんっ! 沙慈が壁に拳を叩きつけた。ミレイナがびくっとなった。
「君のことも調べたよ。刹那・F・セイエイ。ガンダムエクシアのパイロットだそうだね。姉のノートにも君のことが書かれていた」
「それで?」
「君には僕を責める資格はない」
「俺は、責めてない」
「まぁまぁ、刹那、沙慈」
 ニールが割って入った。
「君達とチーム・トリニティが違うことぐらいわかってるよ……」
 呟くように沙慈は言い放った。
「沙慈……」
「君達のことは、信頼に足ると思っている。これでも。いろいろと調べていた結果、アロウズに捕まってしまったけどね」
「じゃあ、おまえは……」
「ヨハンさん達に助けてもらったよ。ライルさんにもね」
 ニールはピィー♪と口笛を吹いた。ライルさん、かっこいいですぅ、とミレイナがぴょんぴょんと跳ねた。
「ライルがねぇ。あいつもなかなかやるじゃねぇか」
「ニールさん、あなた、ライルさんと双子の兄弟なんですってね。すぐわかりますよ」
「そいつはどうも。俺達そっくりだろ。いい男なところが」
 沙慈が笑みを浮かべた。ミレイナはほっとしたようだった。
「随分と……背負ってますねぇ」
「これがこいつの欠点なんだ」
 沙慈と刹那の意見が合ったみたいだ。ニールも、ま、いっかと思って口角を上げた。
「話は聞いたよ」
 ヨハン・トリニティが後ろに立っていた。
(こいつ、いつの間に……)
 バックにヨハンが立っていたのにニールは気が付かなかった。ニールは人の気配に敏感であるに関わらず、だ。敵に回したくはないな――とニールは思った。
 ヨハンは言った。
「ニール、刹那。イアン・ヴァスティがおまえ達に見せたいものがあるそうだ。格納庫で待っていると言っていた。それからミレイナ、悪いが席を外してくれないか」
「――わかりましたですぅ」

2013.11.4

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