ニールの明日

第五十六話

「本当に帰るのか?王留美」
王留美は皆を集めてCBに帰還することを発表した。グレンは彼女にきいた。
「ええ。本当よ」
「そうだな……一介のゲリラ兵とソレスタル・ビーイングの当主様じゃ釣り合わないものな」
グレンは自嘲気味に口元を歪めた。
「グレン……」
王留美は切なげな声を出した。
「私は貴方の前ではただの女です……一連の騒動が終わったら……私は貴方に嫁ぐ為、この国へ帰ってきます」
「おいおい、CBはどうなるんだよ」
ニールはつい口を出さずにはいられなかった。
「ソレスタル・ビーイングの当主は……そこにいる私の兄、王紅龍に託します」
「ええええっ!!」
ニールとライルのディランディ兄弟が叫び声を上げたので、刹那に「うるさい」と睨まれてしまった。
「紅龍さんは王留美さんのお兄さんだったんですか!」
ダシルは違うところで驚いている。
「お、お嬢様、あなたはどんな発言をしたのかわかっていらっしゃるのですか?!」
「お嬢様はやめて。紅龍……いえ、お兄様」
「しかし……私はその任ではないかと……」
「自然に慣れますわよ。そう扱われているうちにね」
「しかし、カタロン支援のことについては……」
「勿論、その発言については責任を持つつもりでおりますわ。この騒動が終わったら……」
「それはいつだ。王留美」
グレンが口を挟んだ。
「まさか俺がじい様になった時……ではないだろうな」
「なるべく早くかたをつけますわ」
「王留美……留美!」
グレンが王留美を抱き寄せて接吻をした。
「早く帰って来い!そして俺の嫁になれ!」
「ええ……ええ……」
二人とも涙を流している。
「ドラマチックじゃねぇの」
ライルは独り言を言った。
俺と刹那の再会の時の方がもっとドラマチックだったぜ……と、ニールは思ったが口には出さなかった。
(良かったな。グレン……王留美)
真実の恋というのは必ず成就する。昔はそれを戯れ事だと笑い飛ばしていたニールであった。だが、今はそれを信じたかった。グレンと王留美の恋がうまくいくことを。……そして、自分と刹那の恋も。

「我が儘な子だこと」
シーリンが呟いた。だが、
「でも、その奔放な我が儘さ、嫌いではないわね」
と、続けた。
「シーリン……」
マリナ姫が子供達をあやしている。きっとあの美しい微笑を見せながらであろう。
シーリンは王留美のことを見直したのであろうか。それとも、彼女は最初から王留美のことは嫌いではなく、そうだと思い込んでいたのは自分の穿った見方であったのだろうか、とニールは思った。
「太陽光発電システムの開発は私達に一任させてくださいませんこと?」
シーリンが二、三歩歩み出て豊かな胸を張った。
「そうだ。アザディスタンの問題は俺達に任せて、おまえ達はおまえ達の戦いをして来い。ニール、刹那」
「クラウス……」
「俺達にもアザディスタンに味方がいます。もちろん、クルジスを取り戻す戦いも続けます」
ひょこっと現れたダシルの台詞に、
「欲張りだな」
刹那がいつもの口調で言った。
「アザディスタンのことも他人事ではありませんからね」
ダシルがウィンクをした。
「宜しくお願いします。皆様」
紅龍がうやうやしくお辞儀をした。
「まあまあ、そんなに改まらなくてもいいのですよ」
シーリンは戸惑っているらしい。でも満更でもないようだ。礼を言われて不快になる人間は珍しい気がする。
「シーリン、これが彼の当主としての初仕事だ」
彼女の傍に来たクラウスは冗談ぽく言った。
「ええ……そうですわね」
シーリンはクラウスの言葉を素直にきく。
恋人か……お似合いだな。
それにしても……と今度は王留美の方にまた目を遣る。
お嬢様は俺達を驚かせてばかりいる。
まだグレンと見つめ合っている王留美を見てニールは思った。
確かに今の王留美はソレスタル・ビーイングの当主ではなく、一人の女であった。
俺も……機会があったらまたここに来たい。機会があったら、だけど。
どこからが始まりだったのか……緑色の光に包まれてジョー達に助けられた時か、刹那と恋に落ちた時か、テロに遭ってライル以外の家族を失った時か……。案外生まれる前からもうこの物語は始まっていたのかもしれない。
刹那と出会えて良かった。CBに入って良かった。
「兄さん」
ライルが言った。
「クラウスとも話したんだけど……俺もCBに行ってみてもいいかな。俺、兄さんのこと何も知らなかったからさ……兄さんの働きぶりを見てみたい」

2013.1.26


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