ニールの明日

第五十七話

帰りの飛行機の中、刹那はニールの隣の席で眠っていた。
「ははっ、すっかり寝こけているな、刹那の奴」
熟睡している刹那の褐色の肌に長い睫毛が影を落としている。それはさながら眠り姫のようで。
すっかり美人になっちまったな。
グラハムのような奴には気をつけろよ、とニールは刹那に心の中で語りかけた。グラハム・エーカーは男色家ではないか、とニールは疑っている。たとえ、今は友となったジョシュアの上司だとしても。
そういえば、ジョシュアはどうしているだろう。彼はグラハムのことを気にかけているようだ。
いろいろ端末で調べてみたが、グラハムの行方はようとして知れない。
(ま、ああいう奴ほどしぶとく生き残っているように思えるけどな。俺は)
グラハムのことはどうでもいい。
熟れ頃に育った刹那を見て、ニールのハートに慈愛の情が芽生えていた。
本当に生きているかどうか知りたくて、つんと人差し指で頬を突つく。刹那は、
「うん……」
と声をもらす。
(声まで色っぽいじゃねぇの)
恋敵は片っ端から狙い撃ってやろうと決めた。片目しかきかなくても。
ニールも座席の背にもたれ掛かる。こうしていると様々なことを思い出す。ニール達がガンダムマイスターとして戦っていた時のことである。

『刹那!フォーメーションDだ!』
『Dというのは何だ!』
『デュナメスのDだ』
『……下らん』

『なあ、刹那。俺達は一度はこうして敵を殺さなければならない。だから……』
『心配はいらない。俺も人を殺したのは初めてではない』
『何だって……?』
『……帰るぞ』

『ロックオン!』
『へへ、おまえの背後を狙っていたMS、全部狙い撃ってやったぜ。おまえのバックを取るのは俺だけで十分だ』
『……冗談言うな』

『俺は世界を変えたいアンタもだろ?』
『おまえは?』
『ロックオン・ストラトス。成層圏まで狙い撃つ男だ』

『刹那、なんて勝手なことしやがる』
『敵をやっつけるのにおまえの許可がいちいちいるのか?ロックオン』
『生意気だな……このきかん坊が』

『刹那、おまえを変えたい……おまえが好きだ』

『ロックオーン!』
『さよならだ……刹那……』

ロックオンと呼ばれていた頃の想い出が走馬灯のように蘇ってくる。刹那との想い出が。
気がつくと……。
ニールは宇宙にいた。
俺、死んだのか……?
そうだよな。あんなダメージ受けたんだもんな。
もういいよ。神様。アンタの勝ちだ。俺は……自分一人すら護れなかったんだ。刹那を護ろうなんておこがましい……。
ん?あれは俺の体……緑色の光に包まれていっている……?
(すっげぇ綺麗だな……)
ニールは他人事のように思った。それは安心できる光だった。
どくん。
心臓が脈打つのがわかった。
生きている!俺は生きている!
今度こそ、刹那と一緒に世界を変える。明日を変える。

「あれ?何だありゃ」
「人……?」
ジョーとボブだ。
「おーい!」
手を振ってみても二人が気付いた様子はない。
これって……幽体離脱ってやつに似てる?こんなこと、本当にあったんだな……。
「ロックオン……ニール」
刹那が呼んでる……行かなくちゃ……。
ニールの魂は体に吸い込まれていった。
「ニール!ニール!」
「兄さん!兄さん!」
二人の声がする。愛する刹那と、自分の双子の弟ライルだ。
ああ、俺は自分が生き返った時の夢を見ていたんだ。
あの時、俺は一度死んだんだ。
それから……何が何でも刹那の元に帰らなくちゃという思いがあって……。
良かった。帰って来れて本当に良かった。
「泣いてるのか?ニール」
刹那がニールの目元に溜まった涙を拭った。
「何がそんなに悲しいんだ。ニール」
悲しいんじゃない。おまえが……おまえ達がこんなにも愛しいから涙が出るんだ……刹那。そしてライル。
「私達はここで降りますわね。ジュリアン、刹那達をプトレマイオス2のあるところまで乗せてって」
「わかりました。お嬢様」
王留美がソレスタル・ビーイングの当主を降りるということはまだ世の中では発表されていない。今はまだその時期ではないということで、口止めされているのだった。だから、王留美のあの発言はその場に居合わせた者達しか知らない。そうでなくとも、ソレスタル・ビーイングとカタロンが手を組んだということは世界中のあちこちでニュースになっているというのに。
それにしても……と、ニールの思考はさっきの夢の記憶に戻る。途中から前にも見たことがある展開になったような気がする。
自分は何故あんな夢を見るのか、あの緑色の光は何なのか……わからない。わからないことが多過ぎる。
ただ、わかっているのは、ニールはまだ死ぬべきではないと何者かに認められたことだ。それは言葉ではなく実感として残っている。
細かいことはどうでもいい。ただ、生きるならとことん命の尽きるまで生き延びるだけだ。
ニールは密かに拳を握った。自分に気合いを入れる為に。

2013.2.5


→次へ

目次/HOME