ニールの明日

第五十二話

クラウスの精悍な顔が引き締まる。
ティエリアの顔が強張る。緊張からであろう。
「どうも。お初にお目にかかる。クラウス・グラードだ」
「ティエリア・アーデです。宜しく」
「君もCBだな」
「ああ」
「王留美は私達を支援すると言ってくれた」
「……わかりました」
「今すぐ信頼してくれとは言わない。だが、我々もアロウズを倒す為なら協力するのにやぶさかではない」
「アロウズ……」
アロウズとは、地球連邦軍の治安維持部隊のことだ。
「私も君の仲間を助けたい。協力させてくれるか?」
「…………」
ティエリアは黙ってしまった。何か考えに沈んだように眉を寄せる。眼鏡のブリッジを整えると彼はこう言った。
「クラウス、貴方はいい人ですね」
「え?」
「いや、お人よしと言った方がいいかな。僕の周りにはそういう人種に事欠かない」
アレルヤも無類のお人よしだったからな、とニールは心の中で呟く。しかし、アレルヤも性格に定まったところがなかった。彼のことについてはティエリアの方が知っているだろう。アレルヤとティエリアの関係はトレミーの乗組員の間では公然の秘密だったからだ。
「確かにクラウスはお人よしねぇ……」
シーリンがティエリアに同意した。
「尤も、どこかのお姫様もそうだけど」
シーリンがいたずらっぽい目をマリナに向けた。
「あら、シーリンだってお人よしでなければ子供達の面倒なんて見てないでしょう?」
マリナの明るい笑い声が聴こえる。
「ニールもお人よしだ」
ティエリアが薄く笑った。
「え?俺が?」
「その通り。兄さんはお人よしだ」
ライルがニールの肩を気安く抱いた。刹那も口元が綻んでいる。
「ロックオン、その男は……」
「弟だよ、似てるだろ?」
「君に眼帯がなければ見分けがつかないな」
このバイプレイで周りの空気が和んだ。お人よし、お人よし、と一人の子供が繰り返す。
「そうだ。我々はお人よしだ。でなければアロウズから世界を救おうとは考えない。もちろん、多くの死者は伴う。しかし、我々は何かをせずにはいられないのだ」
クラウスは勢い込んで言う。
「僕達も同意見だ。武力による戦争根絶、CBのコンセプトは矛盾している。しかし、事なかれ主義で世界の歪みを無視することこそ、本当の悪ではないか」そこでティエリアは一呼吸置き、そして続けた。
「世界の歪みは確かに存在している。我々はそれを突き止めたい」
「……同じだな」
クラウスが溜息をついた。
「我々も、世界の歪みを正したい。だがまず己からだ」
「同感だ」
ティエリアが頷いた。
「君の仲間も救われなければならない。彼はアレルヤと言ったな」
「ああ」
「アレルヤ……神を讃える言葉だ」
「神様?」
小さい女の子がよちよちとクラウスに近寄ってきた。
「ターナ、神様知ってるよ」
「そうか。ターナは神様知ってるか」
クラウスはターナの頭を撫でた。
「神などいない」
「ばっ……刹那!」
せっかくほのぼのするいいシーンだったのに(アレルヤの境遇を思うとそれどころではないかもしれないが)、水を差す気かとニールが刹那を睨みつけた。
「神はいない。ニールやモレノが生きて帰ってくるまで、そう思っていた」
「刹那……」
嬉しいというより脱力しかけた。
「アレルヤのことも守ってくれている」
「そうだな、刹那」
この青年に脱皮しつつある少年は、どれ程の修羅場をかいくぐってきたのだろう。それを思うと、ニールは刹那が満足するまで甘やかしてやりたいような衝動に駆られた。刹那には野生の猫のような突っ張ったところがあるが、それすらニールには愛おしい。
「ティエリアだったな、俺のできることなら何でもする。アレルヤという男を助けたい。人数はどのぐらいいるか?」
「必要ない」
クラウスの申し出をティエリアはつっぱねた。
「我々がそこに来た時に受け入れてくれさえすればそれでいい」
「それでは俺の気が済まない」
「そうか……じゃあ人探しを頼もうか。それでいいですか?王留美」
「異存はございませんわ」
「それではこの方を探してください……」
ティエリアがある有能な元戦術予報士の名前を言った。
「わかった。その人物の居場所を見つければいいのだな」
「ああ。今回の作戦に役立つ人間だ」
「今、部下に探させる。シーリン!」
「はい!」
「支部に連絡を回せ。すぐにだ!」
「わかりました!」
「今データを送ります」
シーリンはティエリアから送られたデータをデータスティックに落とした。
「俺に何かできることはないか?」
「俺も手伝います!」
グレンとダシルがクラウスの前に進み出た。
俄かに慌ただしくなった周りに子供達は不安そうな顔を見せた。
「どうしたの、マリナ様……?」
「何があったの?」
「大丈夫よ、みんな」
そういうマリナも憂い顔だ。
「また連絡する。何かあったら知らせてくれ」
ティエリアがそう言うと、端末の画面は真っ暗になった。
三十分後、シーリンが頭を抱えながら部屋に戻ってきた。
「見つかったわ……」

2012.12.14


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