ニールの明日

第五十五話

「ティエリア!」
端末の向こうでティエリアが顔をしかめた。
「大声を出すな……ロックオン」
「はは、悪い悪い」
ニールは刹那の肩を抱いた。
「俺達、CBに帰ることにしたから」
刹那はニールを睨んだがいつもよくやるようにはニールの手を肩から振り払うことはしなかった。本当は刹那も嬉しいのだろう。刹那は刹那でCBに帰るのが待ち遠しいのだ。
「リヒティ達は元気だって?」
刹那がティエリアにきいた。ティエリアが愁眉を開く。口の端には微笑みさえ浮かべて。
その笑みがティエリアによく似合って……刹那とは別の意味で可愛いと二ールは思った。ティエリアも変わった。アレルヤのおかげだろうか。恋は人を変える。ティエリアが紅唇から言葉を紡いだ。
「リヒティ達が今どうであるか、それを見たければ早く帰ってくるといい」
「ああ。お嬢様が許可したらすぐにでも飛んで行くさ」
ニールは片目をつぶる。彼には嬉しいとおどける癖がある。
「王留美はどうしてる?」
「今、大変なとこだ。カタロンに味方するって全世界に公言しているからな。いろんなところに連絡していると思うぜ」
「そうか……やはり王留美は本気だな」
ティエリアがまた眉を寄せる。
「お嬢様はあだやおろそかに冗談を言うキャラじゃないからな」
言いながら、またいつものティエリアに戻ったとニールは思った。ひとつ、息を吐く。
「カタロンに味方するのは僕もやぶさかではない。アロウズはいろいろときな臭い。こっちにも黒い噂は飛び込んで来る」
アレルヤのこともあるからな、とティエリアは付け加えた。
「ところで、スメラギ・李・ノリエガは……いや、こんなに早くわかるわけもないか」
「いや、わかったんだ。わかったんだが……」
ニールにはどうも言いにくい。刹那が代わりに喋った。
「スメラギ・李・ノリエガはビリー・カタギリのところにいる。どうやらアロウズの重要人物らしい」
「ビリー・カタギリか……前から話には聞いていた。彼は悪い人物ではなさそうだが……そうなると少し厄介だな」
「厄介なことはない。ビリー・カタギリからスメラギ・李・ノリエガを返してもらえばいい」
「『これはうちの戦術予報士だから』ってか?冗談言うなよ、刹那」
ニールが刹那をたしなめた。
「それ以外に方法はあるか」
「戦いには駆け引きっつーもんがあるだろ」
「おまえが駆け引きを持ち出したことはない。いつもおまえが俺を押し倒すだけだ」
「おいおい、刹那……そんなことねぇだろ。俺は刹那の為を思っていつも優しくしているだろう」
くっくっくっ、という忍び笑いが端末から聞こえ、ニールはティエリアが……信じられないことだが、あのお堅いティエリアがセックスネタで笑うとは思わなかった。
年月と、それからアレルヤがティエリアを変えたのだ。今のティエリアは初めて会った時より人間らしい。ヴェーダにアクセスできなくなってかえって良かったのではないか、とニールは密かに思った。
「アレルヤ、絶対奪還しような!ティエリア!」
「それより、スメラギは……」
「ああ。それだったら俺達が行くよ。俺と刹那の二人でな」
刹那の顔を見てみると相手は目を丸くしていた。
「俺を馬鹿にしていたのではなかったのか?ニール」
「誰が馬鹿にしたよ。考えてみりゃ、直接ぶつかってみるのも悪くねぇかもな。一刻も早くアレルヤを取り戻す為に」
「ああ」
「お、さっきの別嬪さん」
いつの間にかライルが端末を覗いていた。
「ライル……」
「ティエリアだっけ?アンタが男なのが惜しいな。恋人はいねぇの?」
「ライル、ふざけた口を挟むな」
兄としてニールは一応注意する。
「何だよ。兄さんだって満更木石でもないんだからさぁ……」
そりゃそうだけど。
ニールは胸の奥で反駁した。確かに人のことはとやかく言えない。でも、ライルに対しては兄として振る舞いたいのだ。たとえ、自分は下ネタを言って刹那に疎まれたりしたりしても。
「ライル、これからも宜しく頼む」
ティエリアが何事もなかったかのように言う。内心呆れはしなかっただろうか。自分のことはいいとして、ライルの印象が悪くなりはしなかったかと、ニールははらはらする。ライルにはいい弟でいて欲しいのだ。ニール自身は道化を演じているくせに。
刹那がじっと見ている。
「ニール、心配しなくても、ライルはいい男なのはわかるから」
ニールはぎょっとした。こいつ、俺の心がわかるのか?エスパーか?
でも、悪い気はしないのはそれが刹那であったからだろう。
「ライル、ティエリアはアレルヤの親友なんだ」
恋人の間違いだろ、とニールは心の中で正した。ライルも心得顔で頷いた。
「刹那、ロックオン。……あら、ジーン1さんもいらしてましたのね」
王留美が彼らの部屋にやってきた。部屋には彼らの他には誰もいない。プライベートな連絡なので、人のいるところを避けたのだ。ライルは勝手に来たのだが。
王留美は小さな口元に笑みを浮かべた。
「帰りましょう。刹那、ロックオン」

2013.1.16


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