ニールの明日

第五話

「ロックオン……ストラトス……」
ティエリアの目が見開かれた。
「ロックオン!」

ティエリアがニールに抱き着いてきた。微かに菫の香がする。
「ティ……ティエリア」
顔が近い。ティエリアは言った。
「こんなに長い間、我々に顔も見せずに心配をかけるとは……万死に値する」
ティエリアの顔が笑っていた。
「ティエリア……アンタのその台詞も懐かしいな」
「ロックオン……死んだかと」
「勝手に殺すなよ……アレルヤは?」
何気なくティエリアの恋人のことをきくと、ティエリアの顔に陰が走った。
「アレルヤは今……行方不明だ」
けれど、気丈に悲しみを吹き飛ばそうとする。
「けれど、大丈夫だ!死んだと思っていた君が生きていたんだ。あの男も……きっと無事だ」
最後の方は自分に言い聞かせているようだった。
「ティエリア……」
こんなに俺を心配してくれる仲間がいる。
ティエリアに会えたことで、一瞬刹那のことも忘れかけたが、本来の目的はあの少年のことだったはずだ。
「ティエリア……刹那はどこにいる?」
「旅に出た」
ティエリアは簡潔に言った。だが、その声に悲しみはない。
「ほんとなんだな?!ほんとに刹那は生きているんだな」
「ああ……つい最近まで会話を交わしていたことさえある。全く、刹那もせっかちだな。旅にさえ出なければ君と会えたのに……」
「刹那は……どこに行ったんだ?」
「わからない……端末にも繋がらない。音信不通だ」
「何故端末も持たずに……」
「電波が届かないところにいるのかもな。……君の姿を見たら驚くぞ」
ティエリアがいそいそと台所へ向かう。
「……何する気だ?ティエリア」
「何って……料理だが?」
「やめとけ。俺がやる」
ティエリアの料理の腕前というのを嫌というほど身に染みて味わわされているニールがそう答えながら、ティエリアはどうしてこの家にいるのだろう、と思った。疑問をそのまま述べると、
「ここを引き払いに来た」
と答えた。今ここに来たのは、絶妙のタイミングだったのだ。
これで、もう少し早ければ刹那とも会えたのだろうか。

一方……。
刹那は荒野の中にいた。
仲間が異国の言葉で呼ぶのへ、短く返す。
ロックオン……。
刹那は恋人だった……いや、今も恋人であるニール・ディランディのことを思い出していた。
俺達は会う。いつか必ず。
刹那は明日への希望を繋いだ。
ニールを探そう。
刹那の明日。それはニールと共にいる明日だ。
けれど、刹那は運命の用意したすれ違いにまだ気付いていなかった。少しの油断や失敗が、大きな過失に変わっていく。可能だと思っていたことが不可能になる。……ささいなことで。
その運命の残酷さを嫌というほど味わっているのに、それでも運命を信じている。人間たる刹那にはそれしかできないのだ。神でない己が身としては。
黄昏の荒野に橙色の日が落ちる。刹那はふとデジャヴュを覚えた。その時は、隣にニールがいた。
旅に出たのは、ソレスタルビーイングがどのように世界を変えたかを知ることと、ニール・ディランディを探し出すこと。もしいればの話だが。
いや、絶対いる。
ティエリアと違って地上に馴染んでいたニールだった。きっと何かあったら地上に戻っているに違いない。
(ニール……)
刹那は、愛しい人の本名を心の中で呟いた。

→次へ


目次/HOME