不二周助の憂鬱

「あれ? 国光もう起きたの?」
 ここは都内の某ホテルの一室。手塚国光と不二周助が結ばれた朝だった。
「――周助も早く着替えろ」
 二人は中学時代からのテニス部の仲間で、今では下の名前で呼び合う仲になっていた。
「だって腰が痛いんだ」
「それぐらい根性で直せ」
「国光……案外激しいプレイするよね」
「何だそれは。テニスの話か?」
「テニスもそうだけど、ベッドのテクも……ね」
「昨夜はお前の方が燃えたじゃないか」
「それはそうなんだけど……」
 不二はにこっと笑った。手塚の頬が微かに赤らんだ。
「さっさと着替えろ。――俺にとっては目の毒だ」
「……しないの?」
「これでも理性で抑えてるんだ。早く服を着ろ!」
「わかったよ……」
 不二は彼氏の言う通りにした。

 レストランで美味しい朝食をしたためていると、スマホが鳴った。
「あ、ごめん、国光。裕太からだ」
「さっさと済ませろ」
「――妬いてんの?」
「裕太はお前の弟だろう。――だが、少し面白くはないな」
「それを妬いてるって言うんだよ。――後でね」
「うむ」
 手塚はTボーンステーキに取り掛かっている。それを見ると、周助は廊下に出て通話ボタンを押した。
「何だい? 裕太」
「話があるんだ――」
 裕太は憂鬱そうだった。これは只事ではない。――そう周助は悟った。これは片手間に聞いていい話ではないのかもしれない。
「兄貴――今日、帰って来れる?」
「ああ。泊まるのは今朝までだからね。すぐ帰るよ」
 可愛い弟に頼まれれば、何が何でも即座に帰って行かなければならない、という使命感に襲われるのも不思議ではない。いずれにせよ、今日帰るつもりだったのだ。それでなくても、不二は裕太の方を選んだだろう。
「できれば手塚さんも……」
「国光も?」
「だって、二人は……こ、恋人同士なんだろ?」
 裕太は言いにくそうだった。
「――まぁね」
「俺、待ってるから」
 ツーツー。裕太が電話を切ったのだ。
 不二が食堂へ戻る。
「裕太、何か言ってたか?」
「君と僕は恋人同士なのかって」
「ふん」
 手塚は上品に口元の周りを拭いた。
「事実だろ」
「うん。だから、恋人かって訊かれても否定はしなかったよ。どうやら話があるみたい。――君も来てくれる?」
「仕方ないな――」
 手塚は食後のコーヒーを優雅に嗜んでいる。手塚にとって、裕太は弟みたいなものだ。顔には出さないが、相談してくれると嬉しいらしい。
「もしかしたら、恋愛相談かもね」
「もしかしたらも何も、それしか考えられないではないか」
「――まぁね。それでは行くとしようか。――国光がコーヒーを飲んだらね」
 不二は勢いよく伸びをした。

「兄貴! 手塚さん!」
 裕太は叫びながら玄関にまろび出た。
「裕太――話とは?」
「国光……それよりも上がってくれ」
 不二が言った。
「そうだな。ここで話すのも何だし――姉さんがラズベリーパイを焼いてくれといたから。……あの、姉貴は今日いないから」
 だから自分と手塚を家に呼ぶこともできたのだな――と不二は悟った。ついでに言うと、両親も町内会の集まりでいないらしい。
「上がってください。手塚さん。俺の部屋に行きましょう」
「あ、ああ……」
 なかなか切り出さない裕太に痺れを切らしたのか、手塚は不二の方を見遣る。不二は『言う通りにして』と目で伝えた。
 ――不二には何か嫌な予感がしていたのだ。

 その嫌な予感は当たった。
「兄貴……俺さ……観月さんのことが好きなんだ! 本気なんだ!」
 ――やっぱり。
 裕太の言う観月さんとは、観月はじめのことで、不二にとっては弟を利用した酷い奴として記憶に残っている。不二は観月をテニスで負かして仇を取った。まぁ、それから更生もしたらしいが――。
「裕太……君があんな男とねぇ……」
「な……何だよ。観月さんは兄貴が思ってるよりいい人だよ。今の聖ルドルフのテニス部も観月さんが築きあげてきたんだ」
「どう思う? 国光」
「俺は賛成だ」
 と、手塚。
「な……何で?!」
 不二がかっと目を見開いた。
「観月はじめ……本当はそう悪い奴じゃない。周助にやたらと絡んでくるのが何だが……」
「手塚さん!」
 裕太が手塚の手を取った。
「手塚さんならわかってくれると思ってました!」
「お前は観月はじめを信じているのだな?」
「はい!」
「その信頼は相手にも伝わっているはずだ。――実は観月は俺の恋敵でな。お前の方に向いてくれれば俺も嬉しい」
「観月さんはやっぱり兄貴を……」
「俺にとっても私怨はあるが、やはり観月は悪い男ではないと思う」
「僕は反対だね」
 不二が目を閉じる。
「どうして――男同士だから? そんなこと言ったら、兄貴達だって男同士で付き合ってんじゃん」
「それとこれとは違うんだ。あの男を裕太に結び付けるのは反対だね。君が操られるのが目に見えるようだよ……」
「不二は未だに観月を許していないんだ」
 手塚は裕太に小声で教えた。
「それと、後は――嫉妬だろうな」
「嫉妬?」
「不二は本当にお前を愛しているんだ」
「でも、兄貴には手塚さんが――」
「……そういう意味じゃないんだがな……」
「――そうだね。裕太を他の人に取られたくないと言うのはあるよ。でも、どうして観月なんだい? 裕太ならどんな女の子でも――」
「俺は、観月さんがいいんだ!」
 裕太はそう言って部屋を出て行く。不二が後を追おうとしたが、手塚は不二の腕を取って止めた。そっとしといてやれ、とでも告げるかのように。
 不二は思った。わかってる、わかってるさ。裕太が本気なのは。でも、ああ、国光――僕には憂鬱の種がまた増えそうだよ……。

後書き
2019年5月のweb拍手お礼画面過去ログです。
これ発表したの令和なんだよねー。書いたのは平成だけど。
裕太クン、観月サンと上手く行くといいね!
尚、この話は『手塚国光と不二裕太』の前のお話です。
2019.06.02

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