夢追い人

「リョーマー」
 越前リョーマの父親、越前南次郎が部屋に入って来た。
「何? うるさいんだけど。それからノックぐらいしてよね」
「おや、反抗期?」
「うるさい」
 南次郎は思う。この子も昔は可愛かったんだけどなぁ、――と。
「クリスマスイブにはどっか行くのか?」
「当たり前でしょ」
 親の贔屓目ではないが、リョーマはモテる。すごくモテる。
 PTAのおばさん達もリョーマの話になると真剣だ。――と、妻の倫子から聞いたことがある。リョーマの母さんだ。

「うちの義男がね、越前君に憧れてますのよ」
「あら、うちの子だって越前君みたいになりたいって」

 最初、倫子はその話を聞いた時、嬉しい反面気恥ずかしいと言っていた。リョーマは越前南次郎と倫子夫妻の自慢の息子だ。
 ただ、あまりこの頃は愛想がなくなってしまったけど――。声なんか女の子みたいなアルトだし、目付きが悪いと言っても大きなアーモンドアイだし、まだまだ可愛い。
 それで――さっきの話に戻る。
「どんな女の子とどんなところへ行くのかな? 父さん気になるんだけど」
「誰が女の子なんて言ったの」
「やっぱりあれかな? 竜崎先生の孫娘とかな?」
「違うよ。一緒に行くのは――男だよ」
 男……? 男とクリスマスイブに出歩くのか?
 ――南次郎は思考がついて行けず、泡を吹いて倒れてしまった。

「何で親父も来るんだよ」
 リョーマが文句を垂れる。
「俺が来ちゃ不満か? 男友達と過ごすんだろ? なら心配いらねぇじゃねぇか」
 南次郎も負けていない。
「まぁいいけど――あまり恥かかせないでよね」
 おや? いつもより反抗しねぇな。――南次郎は思った。
 もしかして、両親に紹介しますというあれか? どっちが婿でどっちが嫁だ?
 南次郎がぐるぐる考えを巡らせていると――。
「あ、跡部さん!」
 お洒落な服を着た比較的背の高い金茶髪のハンサムな少年がリョーマの呼びかけで振り返った。
「あーん? リョーマ。そっちは父親連れか?」
「そうなんスよ。どうしても来るって言っちゃって」
「本当に野郎なんだな。しかし、男なのにそこら辺の女より綺麗なんてどういうことだよ」
 南次郎が咥え煙草で呆れた顔をしている。
「この頃は本当に男と男が流行ってんのか?」
「親父! ――あ、跡部さん、心配しないでください。俺の親父の越前南次郎です」
「南次郎さんだったらテニスやってるヤツなら大抵知ってるよ。どうも。跡部景吾です。息子さんにはいつもお世話になってます」
「おう、宜しくな――あれ?」
「どうしたの? 親父……」
 リョーマが訊いてくる。
「跡部って……跡部グループの御曹司か?」
「何だぁ。親父も跡部さんのこと知ってたの」
「ああ……新聞やテレビでもよく取り上げられてるだろ。それに本当は初対面じゃねぇし」
「サル山の大将も結構大した人だったんですね」
「誰がサル山の大将だ!」
 跡部が怒る。リョーマが言葉の割に嬉しそうに目を輝かせている。あんな表情、近頃見せなくなったな――と南次郎は密かに忸怩たる思いをした。
「つか、サル山の大将って――お前、本当に跡部のこと好きなのか?」
 南次郎が訊く。
「え……いや……その……」
 リョーマがへどもどしている。
 これは本物だな――と、南次郎は見て取った。
「今から予約していたレストランに行くので」
「そういうこと。親父は大人しく家に帰ってよ」
 ヤロウ……こういう計算があったからこそ俺を連れて来たんだな。南次郎がそう思いながらニヤリと笑った。
 全く。リョーマも油断にならなくなってきたな。やり口がかつての俺にそっくりだ。
「あ、ミカエル。レストランキャンセルしといてくれ」
 跡部がスマホで断った。
「ええーっ? 何で?!」
 まだ小さいリョーマが跡部に掴みかかる。あれじゃまるで親子だな、と南次郎は考えた。
「せっかく南次郎さんに会えたんだ。テニスのこととか聞きてぇじゃねぇか」
「う……」
 リョーマが黙ってしまった。
 夢追い人だな、跡部は――南次郎はふーっと煙草の煙を吐いた。
 済まねぇな。リョーマ。
 南次郎は本気で心の底で謝った。口には出さないが。
「どこ行きたいですか? 南次郎さん」
 そう尋ねる跡部の傍では、すっかり跡部に無視されたリョーマが不貞腐れている。
「キャバクラ」
「は?」
「冗談だって。あそこのハンバーガーショップに入ろう」
「ハンバーガーなんて食ったことねぇよ」
 跡部の言葉遣いが崩れている。きっとこれが素なのだろう。だが、南次郎は揶揄うように言った。
「いいとこのボンボンがそんな言葉遣いじゃいけねぇぜ」
「別にリョーマの親父さんにまで気を使うこたねぇだろ?」
「そうだな。んじゃ、このチビ宜しくな」
 南次郎がリョーマの頭を押さえつけた。
「はい」
「ハンバーガーショップ、知ってるか? 跡部のボンボン」
「ボンボンは止めろって……わかってるって」
 まるで跡部の方が自分の息子みたいだな――南次郎と跡部は一瞬で気が合った。リョーマが面白くなさそうな目でこっちを見ている。
「場所わかってるか?」
「ああ、目と鼻の先にあるだろ?」
「じゃ、先に行っててくれ。俺はリョーマと話があるから。いつまで経っても現れなかったら携帯に連絡入れといてくれ」
「わかった」
 跡部が意気揚々とハンバーガーショップへと向かう。背中が広い。
「いい青少年じゃねぇか」
「うん」
「あの男に惚れてんのか――」
「だから違うって……」
 言葉とは裏腹にリョーマの頬に朱が散る。
「あの男は夢追い人だ。夢の為なら、お前も、仲間も全部捨てて行っちまうぜ――お前と同類だな」
「でも、俺は跡部さんについて行きます」
「お前が跡部を置き去りにすることもあるかもしれねぇぞ」
「そうしたら跡部さんが俺を追ってきます」
「大した自信だな。ええ、おい」
 南次郎はせっかく整えて来たらしいリョーマの髪をぐしゃぐしゃにする。リョーマが嫌そうにこちらを睨んだ。

後書き
リョーマくん、誕生日おめでとう。この小説はイブの話。一日遅れたけど。
2016.12.25

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