噂の二人
「跡部~。この間越前と手を繋いで歩いてたんだって~」
この緩い喋りは芥川慈郎だ。みんな『ジロー』って呼んでいる。それにしても――ちっ、誰だよ。そんなことジローに聞かせたの。
俺様――跡部景吾――は、ジローにずいっと迫った。
「……ジロー、誰から聞いた?」
「もう皆知ってるよ~」
皆知ってるか。ジローでさえ知ってるぐらいだもんな。しかし誰が発信源だよ。ったく。
「っていうか、否定しないんだね~」
「ジロー。手を繋いでただけだぞ。誰がそんな噂流したのか知らんが、俺様には――」
「樺ちゃんがいる、でしょ?」
ジローがにこにこ。他意はないみてぇだな。だからこそ複雑だ。
リョーマと手を繋いだだけで噂になるんじゃ、あいつはもう知ってっかな。樺地――。
樺地崇弘は俺の想い人だ。
「跡部~、樺ちゃんは諦めた方がいいC~」
ジローが言った。
「――何でだよ」
「だって、樺ちゃんにも選ぶ権利があるC~」
このやろ、失礼なことを。
「あーん。俺様に選ばれて何が不服だよ」
「だって、樺ちゃんは女の子が好きだC~」
そうなんだよな。ああ見えてあいつ、女子に優しいし。女子にも結構人気あんだよな。意外と。それに、女好きなのはわかっていた。可愛い女子と話してる時、ほんのり顔を赤らめる。
インサイトでそれを見抜く度、俺様はやきもきしてたもんだ。そんな必要はないと思っていても。
まぁ、確かに俺も樺地の気持ちわからんでもないが――ああ、俺も女に生まれたかったぜ。そしたら樺地と――。
ふふふ、と笑っていたら、ジローのヤツ、
「あとべ、何笑ってんの?」
――と、訊いて来た。
「あーん? 何でもねぇよ」
「跡部は樺ちゃんの幸せを望んでいるんでしょ?」
「そりゃまぁ……」
「跡部はこの際、越前にした方がいいC~」
「……何でだよ」
「写真の越前、嬉しそうだったC~」
なっ! 写真まで撮られてたのかよ! ――油断も隙もねぇな。
「ほら、写真」
こんなもんまでばらまかれていたのかよ……。俺様は写真を見た。越前は笑っているように見える。
――でも、これ以上のことは何もねぇからな! 断固としてねぇからな!
だって、俺には――樺地がいるんだからな!
「これ、樺地は見たのか?」
「そこまでは知らないC~」
よし。樺地が来たら問い詰める。――ガラッと扉が開いた。樺地!
「あれ? 芥川さん」
――越前リョーマだった。
「あーん? どうしたんだよ。リョーマ。ここは氷帝だぞ」
「わかってるっス。今日は青学テニス部休みなんで、一緒に帰ろうと思って……」
「竜崎と帰ればいいじゃねぇか」
「それも考えたんスけどねぇ……竜崎には小坂田がいるし。跡部さんには俺ぐらいしか友達いないと思ったんで」
何気に失礼だぞ。リョーマ。
「俺にも友達はいる!」
「じゃあ親友にしてください!」
「どこぞの漫画の京都弁の男か! お前は!」
「あ、昔流行ったマンガっスね。確かパプワとか言う……」
「さっさと帰れ」
「跡部さんと一緒じゃなきゃ帰りません!」
「跡部~、越前と帰ってやんなよ」
「ほら、芥川さんもそう言ってますし」
リョーマが俺様の腕をぐいぐい引っ張る。結構馬鹿力だな。こいつ。
「待て~。俺には樺地が~」
ジローがハンカチを取り出して振っていた。
氷帝の校庭では俺達は注目の的になっていた。俺様は有名人だし、リョーマは俺様を倒した男と言うことで更に有名だし。
そうでなくても、男に引っ張られて叫んでいる男の声を聞いたら、誰でなくても見てしまうだろう。
(あ、あれ、跡部様?)
(あのチビなにもんだ?)
(越前君でしょ? 青学の)
(へぇ~、お前、よく知ってんな)
うう、噂が俺の耳に入ってくる……。
樺地が一緒だったら嬉しいんだけど……いやいや。
「跡部さん……」
樺地がうっそりと立っていた。
「ちぃーっす。樺地さん」
樺地の巨体を見ても、リョーマは怯まない。こいつが怯んだところを俺は見たことがない。現に俺のことだって振り回してるし――。
「帰る、ところですか?」
「うん、いいでしょ? 青学のテニス部、今日休みだし」
そうだ! テニス部!
「俺の学校では今日もテニス部があんだよ!」
「――なぁんだ。最初からそう言えばいいのに」
そうだ。最初からそう言えば良かった。だが――。
「越前さん、跡部さんと一緒に帰ってください」
な、なにぃっ?! 樺地、お前もか!
「樺地、お前も俺を裏切る気か?」
「は……?」
――樺地に限ってそんなこたねぇよな。樺地は俺を優しく見つめている。それはまるで友達と言うよりは母のようで――。190超えた男が母に見えるなんて変だけどな。
「跡部さんは……この頃疲れてるようですから、休ませてあげてください」
待て待て。その原因はこの越前リョーマだ。
「ありがとうございます。樺地さん。ほら行こ。跡部さん」
リョーマがかなり人の悪い笑みを浮かべたと思ったのは、気のせいだろうか。
「樺地~、助けろ~、助けてくれ~」
樺地は慈愛の目で俺達を見送った。――ああ、仕方がねぇ。
「おい、リョーマ。どっか寄ってくか?」
こうなりゃ開き直ってやる。
「え? いいんスか? 跡部さん」
リョーマがこっちを見上げる。――可愛くないこともない。そういや、こいつ、美少年で有名だったな。俺様だって雌猫に人気のある美男子だけど。
「こうなったら仕方ねぇだろ」
「ど、どうしよう。どこ行くか決まってない……マックとかもいいけど……」
こいつ、いつになく慌ててんな。何となく……可愛らしいじゃねぇの。
「じゃあ、俺とテニスしてくんない? それともやっぱ疲れてる?」
「いいや、構わねぇよ。樺地は心配性だから。――でも、せっかく部活休みなのに、打ち合いなんて、おめぇも相当テニス馬鹿じゃねぇの」
「うん。自覚はしてる」
――そして、俺達は遅くまでテニスをして、また手を繋いで帰って行った。
結構離れてるよなぁ、青学と氷帝って。わざわざ来てくれたんだな。リョーマのヤツ。
その辺の女よりは整った顔のリョーマの為に、俺様は危険のないところまで送ってやった。――その写真も撮られていたことは、この時の俺様は気付いていなかった。
翌日、俺達はすっかり噂の二人となっていた――
。
後書き
2020年6月のweb拍手お礼画面過去ログです。
噂の二人。とある同人誌から題名をもらって来ました。更に、本当は映画の題名でもあったようですが。
噂の二人になった彼らはこの後どうなったんでしょうねぇ。
2020.07.02
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