月と赤ふん

 真田はどこにいるのかな。
 俺――幸村精市はさっきから親友の真田弦一郎を探している。
(お前ら、二人合わせると真田幸村だな)
 と、歴史の時間に先生に笑われたことがある。そうだよね。友人達にも散々指摘されたもん。でも、イヤな訳じゃないよ。
 ――と、話が逸れた。とにかく、俺は今、真田を探している。
 何でかって? ふふっ。
 ファンの人から月の権利書をもらったんだ。それを真田に自慢しようと思って。月にも権利書があるなんて初めて知ったけど。
「あ、浦山くん」
 俺は浦山しい太くんに声をかけた。
「何でヤンスか?」
「真田はどこにいるか知っているかい?」
「真田副部長ならさっきは洗濯場にいたでヤンス――」
 顔色が悪い。どうしたんだろう。
「浦山くん、どうしたんだい?」
「ち、ちょっと気分が悪くなっただけでヤンス。さっきのことを考えると――それじゃ、取り敢えず知らせたでヤンス!」
 そう言って、浦山くんは逃げるように去って行った。
「何だろ。変なの」
「おお、幸村」
「あ、真田。探してたよ」
「俺も探していた。お前の用件は何だ?」
「ああ、これね。バレンタインで月の権利書もらったから見せようと思って」
「俺もバレンタインにもらった物で見せたい物がある。――この赤ふんだ」
「赤ふん……」
 もしかして浦山くんは真田に赤ふんを自慢されたのだろうか。だとしたらちょっと気の毒だ。
「たまらん赤ふんだろう? 俺に似合う情熱の赤だ」
「ふぅん、そんな物より月の権利書の方が夢があると思うけどね」
「幸村! この赤ふんの魅力がわからんのか!」
 何?! なに急に怒り出すんだい、真田は!
「ふんどしなんかより月の権利書の方がいいと思うけどね! 大体赤ふんに興奮するなんて君は牛かい?!」
「武士の下着と言えば赤ふんだろう! そんなこともわからんとはこのたわけが!」
「月の権利書の方が珍しい!」
「何だと?! キェェェェェェェ!」
 ――そして、俺達は反目した。

「ふー……」
 俺は花壇の縁に腰を下ろした。外はすっかり暗くなっていた。
「真田の馬鹿……」
 月の権利書より赤ふんの方がいいっての言うのかい? 馬鹿だよ。あの男は――。
 ああ、今日も月が綺麗だ……。
 あの月の一部が俺の土地なんだと思うと、何だか心が慰められる。
 なのに、真田の奴……。
「よぉ」
「跡部……」
 俺に声をかけてきたのは同じ合宿の跡部景吾だった。
「食事の時間いなかったろ。そんなんじゃ病気治んねぇぞ。あーん?」
「ちょっとね……」
「ふぅん……」
 跡部はぽりぽりとこめかみを掻いた。
「訳がありそうじゃねぇか。良かったら聞くぜ」
「跡部……」
 口は悪いしナルシストだが、跡部は悪いヤツじゃない。今年も女性陣からチョコを沢山もらっていた。
「――真田と喧嘩したんだ」
「あ? 何で」
「真田が――赤ふんで喜んでいるのを見て……そんなものより月の権利書の方が絶対いいのに……」
「あーん? くっだらねぇ喧嘩だな」
「だって! 赤ふんだよ?! そんな物と月の土地を比べるなんて――」
「比べてるのはお前だ」
「いいよね。跡部は。月の権利書持ってなくてさ」
「さりげなく自慢してんな。――それに、月の権利書ぐらい俺様も持ってる」
「ほんと?!」
 まぁ、跡部ん家はお金持ちだからね。何でも揃ってるよね。
「幸村。お前、月の権利書もらった時、どんな気持ちだった?」
「え? そりゃ、とても嬉しかったけど――俺、月が好きだから」
「じゃ、真田の気持ちもわかるだろ?」
「え?」
「真田も赤ふんをもらって嬉しかったんだろ? 月の権利書もらった時のお前のようにさ。――幸村。価値観は人それぞれだぜ」
 跡部に説教されるとは思わなかった。でも――。
「俺、大人げなかったな。ありがとう。跡部。話聞いてくれて」
「まぁな。じゃ、俺行くわ」
 跡部と入れ違いに真田が来た。
「飯の時間にも姿が見えないと思ったら、こんなところにいたのか、幸村」
「まぁね――月を見てたんだ」
「そうか――」
 真田は俺の隣に座った。
「さっきは――俺も悪かった」
 真田が謝る。
「いいよ。真田も嬉しかったんだろ?」
「ああ」
「さっき、跡部と話してたんだ。――俺とお前は同じだよ。真田。珍しい物もらって嬉しかったんだ」
「そうだな。たまらん赤ふんだった」
 俺はつい吹き出してしまった。
「君の趣味はわからないけれど――良かったね。いい物もらえて」
「じゃあ、いつか貸してやるか?」
「それは丁重にお断りしたいんだけど――」
「冗談だ。あの赤ふんは誰にもやる気にならん」
 真田は真剣に言った。ああ、こんな真面目な彼だから、俺も友達として付き合えるんだ。
「幸村。月もロマンがあっていいな」
「そうだね。もし、将来月に移住できるようになったら、一緒に住むかい?」
「……考えておく」
 そう言って真田は腕を組み合わせた。
 冷たい風が吹き抜けた。俺も真田もしばらく微動だにしなかったけれど――。
 真田が口を開いた。
「幸村……お前は飯を食え」
「真田は?」
「お前と一緒に戻る」
「まだ、食事残ってるかな」
「さぁな。なかったら俺の非常食を分けてやってもいい」
 いい奴なんだ。真田は。――例え赤ふんに興奮する変な奴でも。
「戻ろう。真田」
 月が青白く光っていた。月の権利書、不二だったら羨ましがってくれるかな。不二ならば俺の価値観、わかってくれるかな。そう思いながら、俺は真田とその場を後にした。

後書き
2017年2月のweb拍手お礼画面です。真幸?
元ネタは新テニコミックスでのバレンタインプレゼント紹介。
月の権利書ってホントにあるんですね。ロマンチック~。
2017.3.2

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