手塚国光と不二裕太

「まだ来ないな、裕太……」
 手塚国光の言葉に、不二周助は「ああ」と頷いた。不二は弟の裕太のことが気掛かりなのである。
「裕太とも話したい。――ここで待っててくれるか? 周助」
「わかったよ、国光」
 二人は下の名前で呼び合っていた。中学時代はどちらも苗字で呼んでいたのだが。

「裕太……」
 手塚が廊下で雨降る窓の外を見ていた裕太に声を掛ける。
「すみません、手塚さん……」
「何を謝る」
「だって……あんな風に自棄になって出て行ってしまって……」
 裕太も反省しているようだ。
「裕太、お前は周助より繊細だな。他人はなかなかそうは思わないかもしれないが」
「そんなこと言うのは、竜崎先生と越前ぐらいっスよ」
「越前か……あいつもなかなか人を見る目があるからな」
「戻らなくていいんですか? 手塚さん」
「周助は心配してるかもな。ああ見えて弟思いだから――俺も心配だ。お前は弟みたいなものだからな」
「兄貴のこと、本気なんですね。手塚さん。――兄貴を宜しくお願いします」
「ああ」
 手塚は力強く肯じた。
「裕太、お前は優しいな。自分のことだけでも大変なのに……」
「ああ、観月さんの問題っスか……まだ、観月さんに告白もしてないのに、俺ったら馬鹿ですよね」
「――馬鹿ではない。これから伝えればいいだけの話だ」
「……はい」
「今からでも伝えてみるといい」
「でも――今は心の整理が……」
「そうか。……じゃ、戻るか」
「はい」

「やぁ、裕太」
 不二が言った。ラズベリーパイの甘い香りがする。裕太がごくんと唾を飲み込むのがわかる。不二兄弟の姉由美子ラズベリーパイは裕太の大好物なのだ。
「ラズベリーパイ……いつの間に……」
 裕太が呟く。
「さっき僕がここに持って来たんだよ」
 不二がニコニコしながら答える。
「そうだ。ナイフ持って来なきゃ。皆で分けるからね」
「あ……ああ……俺が持ってくる」と、裕太。
「頼んだよ」
 不二が言う。裕太がまた部屋を出る。
「――裕太は何だって?」
 不二が訊いてくる。仕方ない。話すか。手塚は溜息を吐いた。
「裕太はまだ気持ちを相手に伝えていないらしい」
「そっか――奥手な裕太らしいね」
 不二は相変わらず笑っていたが、ほっとしているようでもあった。
「俺は――裕太の人の見る目を信じる。観月がいい奴になったというのは、多分本当なんだろう」
「観月は裕太のインストラクターをしているからね。裕太を陰で支えているのは観月だよ」
「どうしてそれを裕太や観月に言ってやらん」
「やっぱりまだ許せていないんだよ。観月のことは」
「それだけでなく――妬いてんだろう。観月に」
「まぁね。ああ、国光。君のことも考えてるよ。僕は」
「こういう複雑な人間関係は苦手なのだが……」
 手塚が顔をしかめた。不二が、こんな時だと言うのに微笑んでいる。
「いい男になったね。国光」
「茶化すな」
「茶化してないよ――君を好きになって良かった」
「周助……」
 不二が手塚を抱き寄せてキスをする。
「兄貴ー。ナイフ……あ、ごめん」
 裕太がナイフや皿をお盆に乗せて持ったまま去ろうとする。不二が手を振る。
「ああ、いいんだいいんだ、裕太。――ナイフ、ありがとうね。僕が切り分けるよ」
「あ……ああ……」
 裕太はまだ毒気を抜かれたままらしい。裕太は不二と一つしか違わないのに、兄と違ってなかなか初心な青年である。
「はい。裕太の分」
 不二が裕太にラズベリーパイを渡す。手塚や不二の分より二倍も大きかった。
「こんなに?」
「裕太は姉さんのラズベリーパイが大好物だろ?」
「それはそうだけど……」
 裕太は手塚の方にちらりと目を遣る。手塚は裕太が自分に対して気を遣ってくれているのがわかった。
「俺なら大丈夫。お構いなく」
「でも……」
「まだ残りは沢山あるからね」
 不二は相変わらず微笑んでいる。手塚は何だか優しい気持ちになった。――やはり裕太は良い弟だ。
「あ、フォークも持って来たんだ」
「ありがとう――何だ?」
 手塚のスマホが鳴った。出てみると、越前リョーマだった。
『手塚部長!』
 越前の声は弾んでいた。
「だから、もう部長ではないと……」
『じゃあ、手塚先輩! 俺、今、跡部さんとミラノにいるんだ。すっごく楽しいよ』
「そうか。それは良かったな」
 手塚が苦笑した。
『でもねぇ……こっちではまだ日本人差別があってねぇ……跡部さんは気にしてないようだったけど』
「お前は跡部といればどこでも楽しいんじゃないか?」
『勿論!』
 越前が勢い良く答えた。こいつ、こんな性格だったか? 中学の時はもっとクールな感じがしたが。突っ張ってもいたのだろう。
『手塚先輩は? 不二先輩とどう?』
「俺は今、周助の家にいる」
『やりますね。手塚先輩も』
「――裕太も一緒だが」
『裕太さんとも話がしたいっス』
「今、ティータイムの最中だが」
『不二先輩と結婚すれば、裕太さんは手塚先輩の義理の弟ということになりますね』
「ああ――いい弟だ。日本ではまだ同性婚は認められていないがな」
『アメリカとかだったら認められてるっスよ。――まぁ、他はよく知らないけど』
「俺は日本とドイツの水しか体質に合わんのだ」
 手塚はドイツに行っていたことがある。ドイツの人間は生真面目で、手塚もすぐに馴染んだが、好物のうな茶を食べられないことだけが残念だった。――そのドイツでも確か同性婚は完全ではないけれど認められているはずだ。
『そっかぁ……。あ、跡部さんが呼んでる。――じゃ、不二先輩と裕太さんに宜しく伝えてくださいね』
「ああ」
 電話は切れた。裕太に「誰から?」と訊かれたので、手塚は「越前からだ」と言った。
 越前が裕太と話したいと言ってたと伝えると、裕太は「俺もっス」と笑顔で答えた。

後書き
2018年4月のweb拍手お礼画面過去ログです。
ちょっとリョ跡が入ってますが。
裕太クンみたいな弟が欲しかったなぁ……不二先輩が羨ましい(笑)。
2018.5.2

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