リョーマの手料理

「跡部さん、もうすぐ誕生日っスよね」
 パーカーを着たアーモンドアイの越前リョーマが訊いて来た。生意気だけどそこが可愛い。俺より二歳年下。
 俺――跡部景吾は、10月4日でまたひとつ年を取る。
「何だ? プレゼントでもくれるって言うのか?」
 俺は冗談交じりにそう言った。期待していた訳ではなかった。こいつに俺の誕生日を祝おうなんて殊勝な心がけがあるとは思わなかったから。
「プレゼントはないっスけど……俺、何でも跡部さんの言うこと、一つだけきくっス」
 ……は?
 こいつの口からこんなセリフが聞けるとは。
「マジか?」
「――冗談でこんなこと言えないっスよ」
「じゃあな……越前家の晩御飯が食べたい」
「それで……いいんスか?」
「ダメか?」
「いえ、いいですけど……跡部さん、いっぱいご馳走食べてるっスもん」
「たまには庶民の味が食いたい時もあるんだよ。それに、前に食った越前家の飯、旨かったし」
「庶民の味……ね」
 リョーマがどんと胸を叩いた。
「わかった! 俺、何とかするっス!」

『10月4日の夜七時に来て』
 リョーマの伝言はこれだけだった。
 俺様もいろいろ用があるんだけどな――パーティーとか。まぁ、俺じゃなく、親父や祖父の仕事の話が主なんだけどな。俺の誕生日祝いにかこつけて。
「親父、俺、そろそろ行きたいところがあるんだけど……」
「行ってきなさい。友達付き合いは大事だよ。お前も跡部家の跡取りだ。今に凄く忙しくなるからね」
 ありがと、親父。じゃ、越前家に行きますか。

 越前家の玄関のチャイムを押す。
「ほあら~」
 たたたっとヒマラヤンがお出迎えをする。リョーマの飼ってるヒマラヤン……だよな、こいつ。いつ見ても狸みてぇな猫だよな。
「おう、リョーマ。久々に会ったら随分ちっこくなったなぁ」
「――俺はこっちっス」
 ぬうっと恨みがましい声を出しながらリョーマがこっちを睨んでいた。
「――カルピン、おいで」
 主人から放たれている負のオーラも何のその。カルピンと呼ばれた猫はリョーマの元へ走った。
「――やっぱご主人様の方がいいか」
「わざとらしいボケ方しないでください! せっかく夕飯作ったのに!」
「え、夕飯? お前が?」
「そっスよ……親父もお袋も菜々子さんもいないし――その……自分で作ったっス」
 リョーマが俺様に飯? 天変地異でも起こるんじゃねぇか?
「ちゃんと食えるのか?」
「なっ……! 当たり前っス」
「メニューは何だ?」
「御飯と味噌汁。肉じゃが」
「へぇー。これぞ、ザ・庶民の味的料理じゃねぇか。――邪魔するぜ」
 俺は靴を脱いで揃える。
「へぇー」
「へぇー……って、何だよ」
「跡部さんもちゃんと靴揃えるんだなって」
「お前俺様を誰だと心得る。跡部家の御曹司だぞ。靴くらい揃えるっての」
「でも、口は悪いもん。手塚部長と並んだら絶対手塚部長の方が御曹司の貫録兼ね備えてると思う」
「――あいつと較べんな」
 でも――リョーマは手塚が好きなんだな。
 ――ははっ。ちょっと寂しく思うのは何故だろうなぁ……。
「どしたんスか? 跡部さん」
「いや……お前は本当に手塚が好きなんだな」
「そりゃあ、手塚部長も好きですけどね。……いつも思っていることがあるっス。跡部さんが大財閥の御曹司でなかったらどれだけいいかって……」
「リョーマ。……そりゃ、どういう意味だ?」
「――何でもないっス。カルピン、行くよ」
「ほあら~」
 狸みたいな猫がついて行った。余計なことかもしれねぇが、リョーマ、カルピンダイエットさせた方がいいぜ。このままだとデブ猫になっちまう。
(跡部さんが大財閥の御曹司でなかったら――)
 さっきのリョーマの話、悪気もなさそうだったし、ただの軽口でもなさそうだった。――いや、本気の響きが混じっていた。
 でも、跡部家の御曹司でもない俺様って、ちょっと想像がつかねぇしなぁ……。
「早くしないと冷めちゃうよ。――今、温めているけど」
「ありがと」
 俺はいい匂いのする食堂に入る。和風の家っていい感じだなぁ。俺様の大豪邸もいいんだけど、そりゃ。
「旨そうだな」
「まだ見てないっしょ」
「旨そうな匂いがする」
 自分で分けてください――リョーマが言う。
「こんなに作ったのか?」
「加減がわからなくて――それに、跡部さんにはいっぱい食べて欲しかったし」
 俺自身は特に少食でも大食漢でもない。まぁ、普通だな。
 と、なると問題はリョーマの料理の腕前だが……これは心配することはなかった。
「いただきます。――おっ、これうめぇ」
「味噌汁はわかめと豆腐、万能ねぎを入れてみたっス。煮干しでダシも取りました」
 思ったより本格的だな。ただ材料と味噌ぶっこんだだけでも、俺様は喜んで口にしたのに。
「肉じゃがは御飯のおかずに……」
 肉じゃがのじゃがいもは崩れてるけど。料理はビギナーらしいリョーマの手料理だからな。俺はおそるおそる口に入れる。
 ――うめぇ。
「おい、リョーマ。料理何年やってた?」
「小さい頃に母さんや菜々子さんの手伝いをちょっと……でも、久しぶりに作ったから勘が鈍ってしまって……」
「作り方教えてくれ。ミカエル達にも食べさせたい」
 坊ちゃまが和食を――そう言って泣くミカエルの顔が見たい。
「いっスよ」
 リョーマは快く承諾してくれた。俺は器を全部空にした。リョーマと俺が台所に立つと――。
 ピンポーン。
「何だ。もう帰って来たのか」
 リョーマがちっ、と舌打ちする。何かあったのか? ――越前家のメンバーがやって来た。
「おーい、リョーマ。父ちゃんが帰ってきたぞ~」
「親父……そっか、もう時間か」
「一時間、どっかで時間潰してくれって一体何でぇ。あ、あそこにいるのは跡部の悪ガキじゃねぇか」
「どうも」
「久しぶりだな。どうも。――おい、リョーマ。跡部連れ込んで何しようとしてたんだ?」
「別に何も……ただ食事してただけだよ」
「いい匂いだな。俺達に何か作ってくれたのか?」
「――何で親父なんかの為に……今日は跡部さんの誕生日なんだよ」
「そっか。おめっとさん」
 その夜、俺はリョーマの家に結構長居した。友人達には事前に連絡しておいた。皆、俺様のことを祝福してくれた。明日は学校で俺様の為にパーティーを開く予定なんだとか。
 いつかダチどもにもリョーマや菜々子さんから教えてもらった庶民の味を振る舞おう!

後書き
跡部様お誕生日おめでとう!
雌猫歓喜の舞い~。
タイトルが『リョーマの手料理』となってますが、実は跡部様へのハピバ小説だったのですよね~。
私はリョ跡が好きなので、この小説もリョ跡です。
この小説は跡部様に献上いたします。
2016.10.4

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